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社長を語る

竹松証券(金沢市) 竹松俊一社長(50) 地域に役立つ存在へ

「株式だけでなく魅力ある商品を提供したい」と語る竹松社長=金沢市尾張町で

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 地場証券の三代目。社長になって十年余、もはや「若社長」と呼べない年齢になったが、にこやかな表情は変わらない。

 「後を頼む」と父の俊孝社長(現在は会長)から託されたのは二〇〇二年春。心の準備はしていたので「ついに来たな」。当時は経営環境が悪く、会社のトップになる高揚感よりも身が引き締まる思いの方が強かった。

 大手の証券会社に対抗するため、収益の多くを株式売買手数料に頼る地方証券特有の体質を変えようと懸命にやってきた。商売柄、顧客が損することもあるから手数料稼ぎだけのビジネスはせず、「顧客には誠実に」を心掛けている。そうでないと地域でやっていけない。

 社長になってから「積極的にボランティア活動をやろう」と社員に言い続けている。例えば同窓会の幹事や町内会の世話係。地域で仕事をする以上、「地域にとって役に立つ存在でないと受け入れられない」と思っている。自分自身、子どもの学校のPTA役員をしている。忙しい社業の中でしんどい時もあるが、地域への恩返しという気持ちだ。

 最近の株高で気分は明るいとはいえ、地場証券の経営は厳しいまま。地方の中小証券が減り続けているのはきちんとしたビジネスモデルがないからではないかと考えている。会長から中期経営計画をつくるように言われるが、そのつもりはない。この激しい変化の時代に三年後を見通すことはだれにもできないし、「株式相場が悪くなっても生き残れる収益構造に変えることの方が重要」と思うからだ。

 他社があまり手を出さない商品を取り扱い、ここ一、二年で会社の体質が大きく変化したという手応えがある。独自のビジネスモデルができつつあるのかなとも感じている。経営者として将来の目標は「まず、会社が生き残ること」と控えめだ。

 社長になってから「苦労のしっぱなし」。就任の時、友人が開いてくれた激励会はうれしかった。もらった記念品の腕時計をずっと身に着けている。「その時の気持ちを忘れないように」

 (坂本正範)

 竹松証券 1929(昭和4)年に創業、44年に法人化。本店は金沢市尾張町。1987年に松任営業所(石川県白山市)を開設。野々市営業所(同県野々市市)を2008年に「マネープラザ野々市」にリニューアルした。有価証券や保険などお金に関して困った時に気軽に相談してもらえる「家計のホームドクター」を目指している。12年3月期の営業収益は2億7100万円。社員は34人。

 たけまつ・しゅんいち 1985(昭和60)年に一橋大経済学部卒業後、関西の証券会社に入社。88年から91年までロンドンで勤務。93年に竹松証券に入社し、取締役法人部長、常務取締役などを経て2002年から現職。日本証券アナリスト協会検定会員。地元放送局のラジオ番組でレギュラーコメンテーターを務め、毎日精力的に更新するブログが人気。好きな言葉のひとつが「クールヘッド&ウォームハート(冷静な頭脳と温かい心情)」。

 

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