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社長を語る

CKサンエツ(富山県高岡市) 釣谷宏行社長(54) 離職率抑え職場に活力

配管継ぎ手を前に語る釣谷社長=富山県高岡市で

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 江戸時代、伏木港を拠点に北前船の海運貨物を扱った「釣谷回漕店」の流れをくむ家柄。社長になったのは入社十一年目、三十八歳の時。病気で倒れたおじを継いだ。会社はM&A(合併と買収)を繰り返し、八つの工場を統括する。中核会社のシーケー金属で八代目、サンエツ金属で十代目の社長になる。

 「銅や配管継ぎ手の製造は、重厚長大の成熟産業でピカピカの会社ではない。言ってしまえば衰退産業。業界規模が小さくなっている」と語るように、銅製品や配管の国内需要はバブル期の半分以下に減った。

 だが同社の国内シェアは伸銅棒が二倍の40%、配管継ぎ手は四倍の25%に拡大している。伸銅では旧財閥グループの企業が撤退した事業を引き受けるなどして生産を増やした。継ぎ手では塩化ビニール樹脂を使わない水道配管の継ぎ手を投入するなど環境対応の製品開発が奏功した。

 「伸銅と継ぎ手、メッキで最後に残る会社になりたい。欧州でも一社になれば残っている。プレーヤーが少なくなれば価格競争は緩くなり、相対的な優位が強まる。百年先は分からないが、五〜十年先は僕が会社の責任を持つ」

 社員の待遇改善も進めた。「社員と毎月開くミーティングで『食事がまずい』『トイレと風呂がきたない』と言われたので、建て替えるなどして改善した。『給与が低い』との声には夏と冬に百万円ずつの賞与を出し、社員を毎年海外旅行に出している。社員と賃金交渉せず、無理してでも百万円出すので、労働組合の要求より高い水準を支給していたら組合は二〇〇四年に解散してしまった。ただ〇八年のリーマン・ショックの時は支給するのが苦しかった」

 組織の活力を維持するため大卒を中心に毎年四十人を新規採用している。「衰退産業では人を絞ろうとするが、定着にこだわりたい」。社員の平均年齢は四十代後半から三十代前半に下がった。「離職率は結婚退職を含めて4%台で、製造業では驚異的に低い」という。「会社への不満がなくなれば、どう生産性を向上させるかが話題になる。好循環ができてきた」

 一三年七月には砺波工場(富山県砺波市)の横に、大型の新棟「インキュベーション工房」が完成。新規事業のテストや他工場の設備を保管するなど多目的な活用を考えている。「各事業が競争して使う面積を広げていってほしい。ヤドカリが脱皮して新しい貝殻を探すように、大きめにしておかないと身動きが取れなくなる。造ってもすぐいっぱいになるのでは」。次の業界再編を見据える。 (村上豊)

 CKサンエツ 1920(大正9)年に富山県高岡市で中越可鍛製作所として設立したシーケー金属と、37(昭和12)年に東京都江戸川区で阪根伸銅として創業したサンエツ金属を中核会社とする持ち株会社で2011年設立。黄銅棒・線の製造で国内シェア4割以上を占め首位。配管継ぎ手の製造のほか、メッキや銅精密部品の加工も手がける。12年3月期の連結売上高は543億円。名証2部上場。

 つりや・ひろゆき 1982(昭和57)年信州大経済学部卒。北陸銀行を経て86年シーケー金属入社。97年社長。2000年サンエツ金属(現CKサンエツ)社長。11年から現職。富山市出身。

 

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