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社長を語る

柿太水産(富山県氷見市) 柿谷正成社長(75) 塩、水 丹精の「こんか漬け」

氷見産のカタクチイワシを使った煮干しを段ボールに詰める柿谷社長=富山県氷見市で

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 かつては全国で大量に水揚げされ、富山県の氷見沖でも豊漁が続いたマイワシ。煮干しや丸干し、ぬか漬けなどに加工され、地元の水産加工業を支えてきた。しかし、「二十年ほど前から、急に取れなくなった」。会社の生き残りのために、ほかの魚を使った商品開発に迫られた。

 「マイワシが減ったことで、たくさん取れていたカタクチイワシに目を付けた」。天然塩で釜ゆでし、良質なだしが取れる煮干しを売り出した。十年ほど前からは北陸の伝統的な保存食「こんか漬け」作りもカタクチイワシで始めた。こんか漬けは小糠(こぬか)漬けのなまった呼び名で、マイワシを使うのが通常だった。

 苦心したのが塩加減。「カタクチイワシは小ぶりなので、塩が多いと辛くなり、少ないと魚が傷む」。冬場に身の締まった魚を塩漬けにし、老舗のみそ屋から譲り受けた樽(たる)に並べて米ぬか、米こうじを加える。毎朝、重しの具合を確認し、中の水分が蒸発すれば、富山湾の深さ三〇〇メートルで採取した海洋深層水を入れ、手作業で半年ほど熟成させた。

 魚の仕入れでも自ら市場に出て、経営者として水揚げ量の推移と浜値を見極めながら仕入れ量を決める。

 二〇〇六年からインターネットでの販売に乗り出した。若い主婦層をターゲットに、手軽なサイズで食べやすくパスタやサラダにも合う「氷見のアンチョビー」としてPRし、会社の目玉商品になった。「若者の魚離れに歯止めをかけたい」。販売を次女の政希子さんに任せたことが功を奏した。

 マイワシは、日本海側では一九八〇年代後半まで年間百五十万トン水揚げされたが、九〇年代から激減。二〇〇〇年には千トンに落ち込み、「幻のイワシ」と呼ばれるように。その「幻」が近年、再び水揚げ量が増えつつある。水産加工に携わって五十年余り。「昔よく取れた大羽(大型)のマイワシは本当にうまい。豊漁が続けばもう一度、大羽マイワシのこんか漬けを作りたい」と思い描く。 (西山輝一)

 柿太水産 1995年、父の故清一さんが営んでいた鮮魚販売・水産加工の「柿太商店」を法人化し、現社名となった。小売店への卸売りが中心だったが、今ではネットを通じた販売が売り上げの4割を占める。昨年、売り出した寒ブリのぬか漬け「こんかぶり」が全国水産加工品総合品質審査会で水産庁長官賞を受けた。

 かきたに・まさなり 1937(昭和12)年、富山県氷見市生まれ。地元の氷見高校を卒業後、家業の柿太商店を手伝う。79年に商店を継ぎ、95年に法人化してから社長に。50年余りにわたり毎朝、市場の競りに出て新鮮な魚を仕入れる。最近では地元の比美乃江小学校の児童らを招き、みりん干し作りの体験教室も開く。75歳。

 

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