トップ > 北陸中日新聞から > 北陸けいざい > 社長を語る > 記事

ここから本文

社長を語る

セイツー(石川県川北町) 奥村晃社長(66) 人とのつながりが財産

「土作りからこだわった『高品質野菜』を全国に届けたい」と語る奥村社長=石川県川北町のセイツーで

写真

 一歳七カ月のとき、父が奥穂高で遭難し亡くなった。実家は大手の肥料問屋だったが財産はほとんど残さず、子どものころの生活は厳しかった。「風呂に入るのはいつも親戚の家。ただ、周りはみな温かくて、つらいと思ったことはなかった」

 中学生のころまではひ弱で、心配した祖母の勧めで岐阜県にある全寮制の高校に進んだ。教育方針が少し変わっていて、授業の後に畑仕事や土木作業をさせられる。そして、寮のご飯はいつも麦飯。いつの間にか体は丈夫になっていた。

 母にこれ以上負担はかけまいと、大学進学は考えなかった。しかし、根っからの負けず嫌い。最後に意地を見せるため三年生のときに国語に狙いを定めて必死に勉強し、クラスでトップになった。

 就職は、父と同じ石川県経済農業協同組合連合会(現JA全農いしかわ)に決まった。「奥村の息子か」。職場の先輩は何かにつけかわいがってくれた。「父はお金ではなく、人のつながりを財産として残してくれた」

 「セイツー」の前身の「石川青通」を創業したのは一九八二(昭和五十七)年。「手間暇をかけて良い野菜を作っても、高い値段で売れない」。農家がこう嘆く姿をずっと見てきて、「努力がちゃんと評価され、しっかりと経営が成り立つ産業に変えたい」との熱い思いがあった。

 「野菜作りはまず土作りから」がモットー。東京農業大と連携して土壌改良の研究に取り組み、おいしくて安全な「高品質野菜」を提唱、全国の大手スーパーや外食産業に販路を広げていった。営農指導をしたり販売契約を結んだりしている農家は今、北海道から沖縄まで全国で約六百戸に上る。

 「人との出会いで人生は決まる」「親孝行と出世は比例する」。名刺の裏には九つの仕事訓が並ぶ。今年が創業三十年。「ここまでやってこられたのは周囲の支えのおかげ」と考えている。

 最近、挑戦を恐れる若手が増えているのではないかと気になる。「だれでも失敗はする。それを成長の糧にすればいい」。だから仕事訓にはこうも記した。「石橋はたたいて渡るな、突っ走れ、落ちたら助ける」

 (瀬戸勝之)

 セイツー 味や栄養価で独自の基準を満たした「高品質野菜」をはじめ、カット野菜、スチーム加熱野菜の卸売りなどを手掛ける。1982(昭和57)年に「石川青通」として創業。資本金9100万円。従業員約80人。イトーヨーカ堂など全国の大手スーパーや外食業者などと取引がある。

 おくむら・あきら 1946(昭和21)年1月、金沢市生まれ。岐阜県・麗沢瑞浪高校を卒業後、64年に石川県経済農業協同組合連合会(現JA全農いしかわ)に就職した。農家から集荷した青果物をスーパーに直接販売する産直業務の立ち上げに携わったことをきっかけに創業した。

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索