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社長を語る

タニハタ(富山市) 谷端信夫社長(46) IT活用 欄間を世界に

職人に指示を出す谷端信夫社長(左)=富山市の本社で

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 住宅着工数の減少、若者の和室離れ、取引先の倒産…。バブル崩壊直後の一九九二年ごろ、会社を存続させるため“懸け”に出た。「これからは『洋』の時代。洋風の欄間を作ろう」。くぎを使わずに細く切った木を組み立てる組子の技術による和室向けの欄間は捨て、洋風の間仕切り商品へ転換を図った。

 早速、試作品を作って全国の百貨店やホームセンターなどを飛び込みで営業。品質の良さや珍しさから洋風の間仕切りは評判を呼んだ。量産できる体制を整えるため、工場建設や機械の購入など設備投資は惜しまなかった。商売は軌道に乗ったかと思われた。

 「洋風では技術の高みは目指せない」。最高の技術や難しい仕事を目指し、昔から会社を知る熟練の職人が辞めてしまった。さらに、中国から入ってきた洋風商材の値段は会社の十分の一で、顧客を失った。「和もなくしたし、洋もだめ。四面楚歌(そか)の状態だった」

 どん底から再び転機が訪れたのは二〇〇五年ごろ。インターネット通販を始めて五年ほどたち、客から「欄間や引き戸をやってくれないか」との声があった。創業者の父が末期がんを患ったこともあり、会社の行く末を見てもらおうと和室向けの組子欄間の挑戦を決意した。

 〇六年に「和」を前面に押し出したホームページが完成。各方面から反響があり、低迷した売り上げも回復した。タニハタの組子欄間は現在、羽田空港国際線ターミナルや東京スカイツリーの商業施設「東京ソラマチ」のほか、香港やドバイの飲食店などでも空間を演出する。今年五月にはニューヨークで開かれた国際現代家具見本市に初出展した。

 今後は海外への販売と同時に、県外から人を呼び込んで組子の良さを知ってもらう体験が重要と考える。「木のぬくもり、質感など組子の良さを知ってもらいたいから」。売り上げの九割を占めるITを駆使しながら、自ら動いて日本のものづくりの良さをアピールし続けていくつもりだ。 (永井響太)

 タニハタ 1959(昭和34)年に父である故・敏夫さんが富山市奥田双葉町で谷端組子店として創業。77年に全国建具展で内閣総理大臣賞受賞。98年に法人化して現社名に。2000年にインターネット販売を始めた。現在は売り上げの9割をネット販売が占める。12年5月、ニューヨークで開かれた国際現代家具見本市に初出展した。職人が手掛ける組子を使った欄間、書院障子、ラティス、引き戸などを製造。従業員14人。

 たにはた・のぶお 1966(昭和41)年1月、富山市生まれ。立正大経営学部を卒業後、東京の建材メーカーに就職して営業を担当。92年タニハタ入社、職人として5年間修業。2003年から社長。12年に著書「世界に響け 職人の心意気」(リックテレコム)を出版。講演活動にも精を出す。

 

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