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社長を語る

スギヨ(石川県七尾市) 杉野哲也社長(60) 能登人気質で商品開発

ヒット商品のかにかまについて社員と語る杉野哲也社長(右)=石川県七尾市の本社で

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 能登を代表する企業に成長したスギヨの本社を「金沢や東京に移したらどうか」と本気で考えたことがある。

 社長になる前、二十代半ばだった三十数年前。かに風味かまぼこの米国輸出が軌道に乗り、現地生産も検討するまでになっていた。貿易担当として世界を飛び回る暮らしの中で、もっと便利な場所に拠点を構えたら−との気持ちが育っていた。

 「俺の目の黒いうちは絶対にさせんぞ」。先々代の社長に当たる故二代目杉野作太郎(本名喜一)さんが固く拒んだ。会社を全国区に押し上げた先々代にとって、譲れない一線だった。「『スギヨイコール能登』そういう考え方もあるのか」。能登の食文化も含めて、あらためて見直すきっかけにした。

 移さなくて良かったと思う。消費地が遠いと、立地が不利…。だから商品開発で勝負するしかない。ビタミンちくわや、かにかまといったスギヨの代表作は、能登だから生まれた。今は断言できる。

 七尾市の本社に置く開発部二十人の精鋭が生み出す新商品は年間百品ほど。ほとんどを味見する。重視するのは、かんで、のどを通り、胃に入ったときの満足感。「スギヨ商品の特長を一言で表現すると、まじめな商品。能登人の気質が表れている」

 能登のために、次の世代に残せるものは無いか。そう考えて出てきた答えが、農業事業に取り組むことだった。農家から安く作物を仕入れ、加工品を高く売るメーカーは「いいとこ取り」をしてきた。さらに、新興国の人口が増え続けたら「世界規模の食糧危機が起きかねない」。農業法人スギヨファームの取り組みが、北陸で自給する環境につながると信じる。

 二十六ヘクタールまで広がった耕作地は、三十ヘクタールを目指している。収穫した野菜などの加工場も建て、地域の農家が利用できるようにする。

 来春には七尾市内で本社機能を移転する。グローバル化で世界に事業を広げても「スギヨイコール能登」と、言い続けるつもりだ。 (大島康介)

 スギヨ 1962(昭和37)年設立の株式会社杉与商店が前身。71年に商号をスギヨに変更した。70年代にかに風味かまぼこ「かにあし」がヒットし、86年には米国ワシントン州にスギヨUSAを設立した。2006年に高級かにかま「香り箱」が農林水産祭で天皇杯を受賞。07年、石川県内の企業としては第1号の農業参入を果たし、12年には農業法人スギヨファームを設立した。従業員650人、売上高168億円。

 すぎの・てつや 1952(昭和27)年3月、福井県勝山市出身。成蹊大工学部を卒業後、76年にスギヨ入社。先代社長の娘婿になった。88年から代表取締役社長に就任し、現在は米国法人のスギヨUSA会長などを務めている。七尾商工会議所の常議員など幅広い団体役員を兼職。

 

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