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社長を語る

大根音松商店(石川県七尾市) 大根富男社長(71) ナマコの味で能登PR

「ナマコの珍味を産業観光に育てたい」と語る大根社長=石川県七尾市で

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 ナマコから作る珍味を扱う店舗の一番目立つ所に、せっけんがずらりと並ぶ。石川県の七尾湾産ナマコの成分を生かした「なまこ美人」。肌に弾力を与えるコラーゲンや、保湿成分のセラミドがたっぷり含まれ、商品化から二年近くたっても人気に陰りはない。

 「ナマコをさばく職人の手は塩水で荒れるはずなのに…。なぜきれいなのか」。この疑問から商品化に挑戦した。調べると国内外にナマコせっけんは存在した。それならばと、皮膚の汚れを取り除く成分を含む七尾湾海底の珪藻(けいそう)土を配合し、アトピー性皮膚炎に効果があるとされる和倉温泉の源泉水も加えた。

 古くからナマコせっけんがある長崎県で昨年一月開かれた物産展で販売すると、一週間で四百個を完売。商品の差別化に成功し、ネット販売のリピーター率は九割を超える。それでも「せっけんは店のいいPR商品。本業はあくまでも珍味の製造、販売だよ」。

 「社長が座っていては駄目。自分で作らないと商品の良しあしは分からない」。職人かたぎだが、サラリーマンも経験した。七尾市の農家に生まれ、地元高校を卒業後「安定していて親も安心する」と当時の日本電信電話公社に就職。だが「大企業では自分の考えで仕事ができない。良くも悪くも下の意見は取り上げられない時代だった」。二十三年間勤めた後、四十二歳で大きな決断をした。

 「家内工業みたいな仕事だが、思ったことや考えたことをすぐ実行に移せて充実感を覚えた」。二十四歳の時に養子に入った家が経営する大根音松商店に入社した。

 ナマコの腸の塩辛「このわた」や卵巣を干した「干しくちこ」−。有限会社設立の一九八四(昭和五十九)年ごろは近所に同業者が八軒ほどだったが、今は三軒に。後継者不足が深刻だが「奈良時代から伝わる珍味。この食文化を守り後世に残したい」。この一心で続けてきた。

 二〇一四年度末には北陸新幹線金沢開業が実現する。「能登に足を運んでもらい、能登の良さを実際に感じてもらいたい。ナマコが一助になれば」。次はナマコを使ったスイーツの商品化を検討している。「珍味づくりを見る、体験する、味わう。産業観光にも育てたい」。夢は膨らむ。 (基村祐一)

 大根音松商店 1948(昭和23)年創業で、84年に有限会社設立。資本金1000万円。従業員は14人。ナマコを原料とした加工食品、せっけんの製造、販売を手掛ける。「なまこや」の名称で石川県七尾市内に2店舗のほか、飲食店「海ごちそう」も運営する。

 おおね・とみお 1941(昭和16)年、石川県七尾市生まれ。七尾高校を卒業後、日本電信電話公社に就職。83年に退職し大根音松商店に入社。専務などを務めた後、95年から現職。

 

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