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社長を語る

サイバーステーション(金沢市) 福永泰男社長(37) 「妥協せず」大企業に挑戦

社員の仕事の様子を見る福永社長(右)=金沢市のサイバーステーション本社で

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 液晶モニターに動画や静止画を組み合わせた情報、広告を流す電子看板(デジタルサイネージ)事業で、後発参入したベンチャー企業ながら、日立製作所やソニー、シャープなど名だたる企業と渡り合う。

 小学生のころ、友人たちがテレビゲームで遊ぶ中、自らパソコンでプログラムを組んで音楽も作り、ゲームを作る側に回った。雑誌で取り上げられ、「自分の手で何かを生みだし、評価してもらうことの喜びを知った」。この経験が、後の起業につながる。

 金沢高校を卒業し、一九九三年に家電量販店に入社。パソコン専門店の法人営業で、三十三人の新入社員の中でトップの成績をひた走った。いつも「面白いやり方を」と考え、パソコンだけでなくプリンターなど周辺機器もセットにして売り込んだ。当時はまだ珍しい方法だった。

 インターネットが普及し始めた九八年、「だれでも簡単にネットを使えるようにしたい」と、満を持して起業。当初はネット利用者を増やすためのソフト開発を手掛けていた。

 しかし、東京を訪れた際、ドーム球場のバックスクリーンや、渋谷スクランブル交差点の大型モニターに次々と映し出される広告を見て、二〇〇〇年ごろから電子広告の事業化を考えるようになった。

 だれでもネットを使えるようになり、次の事業の柱を模索していたころだった。

 北陸ベンチャー界の祖といわれるアイ・オー・データ機器(金沢市)の細野昭雄社長と〇四年ごろに知り合い、協力を得ながら、簡単な情報入力で電子広告をつくれる製品を開発した。

 「安価で、長く、使いやすく」。一年に何度もソフトを更新し、どんどん使い勝手を改善していく。利用者の視点に立ったきめ細かいサービスが評価され、新規導入先で競争入札になると、大手企業を抑えて競り落とすケースが増えた。

 社員に強い思い入れやこだわりをぶつけていた二十代のころに比べ、接し方は柔らかくなった。それでも、自身に対して「目標を持ち続け、妥協しない」という厳しい姿勢は変わらない。

 (吉田通夫)

 サイバーステーション 1998年に「ドリームワークス」として創業し、ソフト開発などを手掛ける。2000年に現社名に変更し、06年にアイ・オー・データ機器と資本提携。09年に電子看板事業に本格参入。社員は52人。

 

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