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社長を語る

信寿し(石川県七尾市) 刀禰(とね)修社長(50) 「能登で一番」大望着々

和倉温泉の店でネタケースの前に立つ刀禰修社長=石川県七尾市で

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 家族営業だった寿司(すし)店を有限会社にする決断をしたのは九年前。「能登半島に信(のぶ)寿しあり」といわれる野望があった。信寿しの“のれん”を確かにするため、次の代に経営をつなげる会社組織にすることを思い立った。

 父の故信一さんが五十年前に構えた和倉温泉(七尾市)が本店。七年前に金沢市片町へ「金沢信寿し」で進出した。この二月には、和倉温泉中心街に海鮮丼専門店「みとね」をオープン。回転寿司のチェーン会社に勢いがある業界で、本格派でも店を増やせることを示してきた。

 自分は金沢の店で職人として腕を振るい、和倉の二店は育てた板前に任せている。朝から七尾の漁港で魚を仕入れ、和倉の店に足を運んでから金沢に向かう。道中で考えるのはこんな内容が多くなった。「見ていなくても社員が良い仕事をするには、どうしたらいいだろうか」

 口を酸っぱくして伝えるのは、清潔な店づくりだ。掃除が行き届いているかどうか。それは開店前でも分かる。寿司職人として信頼する社員の議論には「できるだけ出しゃばらない」。出るところと引っ込むところが「勘で分かるようになってきた」。

 子どものころから「二代目」と呼ばれ続けた。二十五歳で父と働き始め、三十六歳のときに父が急死。いつからか「能登で一番に」と考えるようになった。

 年齢を重ね、全国の寿司店を見て回ると、七尾が寿司どころとして恵まれていることにも気付いた。「朝に取れた魚を新鮮なままさばいて、握って、食べるという七尾の寿司は、今流行の熟成寿司や手仕事寿司とは全然違う」。そうして生まれたのが「すし王国七尾」としてPRするアイデアだ。

 五年ほど前から七尾商工会議所などに提案し、他店に足を運んでは協力を呼び掛けた。「地元相手に細々とやってたら十分」という店主らを口説き落とし、石川県鮨(すし)商生活衛生同業組合七尾支部を再結成。二〇一〇年度に七尾市が予算を付けてPR事業が始まった。

 自店では、和倉温泉の旅館と提携し、夕食や昼食だけ観光客に食べに来てもらうプランも始めている。街歩きを楽しみたいという新しい消費者のニーズがあるからだ。「寿司屋も外に打って出ないといけない時代」。のれんはもっと磨けると思っている。 (大島康介)

 信寿し 1961年7月創業。98年に現社長が引き継ぐ。2003年5月、「有限会社和倉温泉信寿し」に組織を改める。パートを含め社員19人。11年の売上高は1億8000万円。

 

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