トップ > 北陸中日新聞から > 北陸けいざい > 社長を語る > 記事

ここから本文

社長を語る

インテック(富山市) 金岡克己社長(55) 知覚と人間性を大切に

人間としての感性も重視する金岡社長(中)=富山市のインテックで

写真

 インテックの実質創業者である故金岡幸二氏の娘婿となり、請われて入社した一九八五年。人事部に配属され、東芝で七年間担当していた人工衛星の構造解析とは、がらりと仕事内容が変わった。

 だが、戸惑いはなかった。「どんな仕事でも、習熟すれば面白くなりますから」。全社的な教育体系「インテックカレッジ」をつくり、九〇年には大山研修センターを完成。一カ月半にわたって一室四〜六人で集団生活する新人研修プログラムは、今も続く。

 「人間は一人では何もできない。他人を思いやる気持ちを持ってほしい」。東芝時代に独身寮での共同生活から学んだことだ。

 二〇〇七年に社長に就任した際は顧客を訪問し、自分たちに求められていることを感じ取った。「Garbage in、Garbage out(間違った情報を基に物事を考えても、間違った答えしか出てこない)。正しい情報は、自分の目や耳、感覚で感じ取るもの」。IT企業というとドライな印象が強いが、人間性を重視する。

 「インテックは人が使うシステムをつくるので、人への配慮や人間社会、企業文化を理解せずにできる仕事ではない」。社員にも昨年九月から、一カ月ごとに基本マナーである「あいさつ励行」「時間厳守」「整理整頓」などの項目を決め、再徹底してもらっている。

 東日本大震災を機に、企業には重要なデータを地域に分散して保管するニーズが高まり、インテックのデータセンター事業も好調に推移する。「重要なデータを預かるのだから、顧客の信頼を得ることが大切」と、社員の基本動作を重視した狙いを語る。

 義父の幸二氏は地域経済の発展も考えた視点の高い経営者だった。高い理想は「インテグレーテッドテクノロジー(システム技術)」や「インテレクチュアルエシュロン(創造的知的集団)」など、四つの指針を込めた社名にも表れている。

 「非常にレベルの高い目標なので実現するのは大変だが、私たちが思い描いてきた、コンピューターを必要なときに必要なだけ利用するという社会になってきている。楽しんで取り組みたい」と語る。 (吉田通夫)

 インテック 大型コンピューターが高額だった1964年、複数企業で共同利用する「富山計算センター」として創業。70年インテックに社名変更。企業や官公庁の基幹システムやソフトウエア開発、データを預かるデータセンターサービスなどを展開。2008年にTIS(東京)と持ち株会社「ITホールディングス」を設立し、傘下に入る。11年3月期連結売上高は1032億円、同年4月時点の従業員は約5700人。

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索