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北陸文化

【音楽】いい演奏 楽譜で支える OEKライブラリアン 田中宏さん

OEKの編成に合わせた楽譜をパソコンソフトで打ち込んでいくライブラリアンの田中宏さん=石川県立音楽堂で

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演奏者の視点 自身も経験

 ライブラリアンと言えば一般的には図書館司書だが、オーケストラでは楽譜を管理し、コンサートごとに楽団員にそれを用意する人をいう。華やかな舞台を裏で支える、なくてはならない存在だ。創設三十年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)で三代目となるライブラリアンの田中宏さん(52)は入団して十五年。自らの役割を「楽団員が快適に演奏できるよう環境を整えること」と言い切る。 (松岡等)

 楽譜の準備といっても、ただ人数分を用意するという単純な仕事ではない。プログラムが決まれば、まず楽譜を取り寄せる。石川県立音楽堂の四階にあるライブラリーに収蔵する約四千曲の中にあればよいが、そうでなければ購入したり、レンタルしたり。曲によってさまざま版があり、音楽の知識も不可欠だ。

 重要な仕事はここから。弦楽器ではボウイングという弓の運び方をパートごとの楽譜に書き込まなくてはならない。指揮者やコンサートマスターの指示を受け、時にやりとりした上で、一音一音を弓を上げて弾くのか下げるのかの指示を鉛筆で記していく。鉛筆なのは、リハーサルの場で変更することが多いためだ。

 OEKのような室内楽団の場合、トランペットやトロンボーンのパートをホルンが担うことがあり、書き換えが必要になる。オペラでは上演の形式で譜面が変わることも少なくない。パソコンソフトを使ったり、切り張りをしたり、その演奏会のための楽譜をつくる。NHK交響楽団(N響)のような大きな楽団ではライブラリアンが四〜五人いるというが、OEKでは定期公演から室内楽まで一人でこなす。

 前音楽監督の指揮者井上道義さんが就任して間もなく、モーツァルトの交響曲をCD録音した時は指示が届いたのが収録前日の夜。「徹夜しました」と苦笑する。

 田中さんは新潟市出身。ものごころついた時から右耳が聞こえない。中学生でオーボエを始めた時から「特に不自由は感じてこなかった」というが、ライブラリアンになるまで紆余(うよ)曲折もあった。

 中学では吹奏楽部の顧問のスパルタに耐えられず、すぐ退部。それでも音楽は好きで高校で再び吹奏楽部に。新潟大では教育学部に進み、大学のオーケストラで演奏。卒業後は小学校教諭をしながらアマチュアのオーケストラに在籍した。たまたまウィーンから招かれた指揮者に「勉強する気があるなら世話をするから来ないか」と誘われたのが転機になった。

 「どうしてもプロの演奏家になろうと思っていたわけではなかったが、結婚もしていないし、断る理由もなくて」。ウィーンの音楽大学などで五年間、オーボエを学んだ。留学を経て、二〇〇一年にマレーシア・フィルハーモニー管弦楽団に入団する。

 しかしプロとアマチュアは違っていた。「隣にいる首席奏者が今何をやっているのかが、聞こえないと瞬時に反応できない」。結局、一年ほどで帰国した。

 ちょうどOEKがライブラリアンを探していた。一人の募集に三十四人が応募する狭き門。現役のライブラリアンや音楽大学を出た人も多かった。「英語ができる人が条件だったようで、面接で当時の音楽監督だった故・岩城宏之さんが推してくれた」

 岩城さんは楽譜にこだわる人だった。「パソコンで印刷したような楽譜を『こんなのは楽譜じゃないよな』と。『血の通った楽譜を』とも言っていた。手の乾き症で、いつも水を含んだスポンジを脇に置いて楽譜をめくっていた」

 「初演魔」と呼ばれた岩城さん。N響の演奏会で初演した作曲家外山雄三さんの曲を「アンコールでは長すぎる」と前後を切って演奏し、それがそのまま出版されたことがあった。「あれは申し訳なかった。どうしても元の形で演奏してあげたいから、楽譜を探してくれ」と田中さんが命じられる。「外山先生もないというし、あちこち手を尽くし、N響の倉庫にまで入れてもらったけれど見つからなかった。でも、そんな人情味のある人だった」

 普段は一人で地道な仕事の多いライブラリアンだが、全国のオーケストラにいる三十人ほどが、メーリングリストなどを通じてつながっている。「情報交換する仲間でもあり、尊敬する人も多い」

 一方でオーボエの練習は今も続けている。昨年五月、日本オーボエ協会が開催した年齢制限のないコンクールにも出場。それを聞いたOEKのメンバーが課題曲だったモーツァルトのオーボエ四重奏曲の練習に付き合ってくれた。賞は逃したが、メンバーが「どうせなら演奏会をやろうよ」と、金沢市内で演奏会も開いた。

 「彼らはリハーサルから手抜きをせず、どうしたらいい演奏になるか、ぎりぎりまで追求する。真剣に音楽をリスペクトするその姿勢には感動した」

 自らの役割を「楽譜自体は媒体でしかない。作曲家がいて、指揮者や演奏家が読み取っていくが、彼らがいかに快適に、音楽以外について障害がなくやれるようにするか」と謙虚に語る。「演奏する立場の視点がないと、いい楽譜は提供できない。それは肝に銘じていたい」

 

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