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北陸文化

【雨乃日珈琲店だより ソウル・弘大の街角から】(10) 何げない空間と思い出

「歩歩」(2018年)。あるきながら。また、ひと足ごとに。一歩一歩

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最高齢のお客様

 暑かった今年の夏、当店に来られたお客さまとしては最高齢となる、九十八歳のおじいちゃんが日本からやってきた。

 連れてきてくれたのは、当店がオープンして間もない頃、近所に住んでいて時々訪れてくれたお孫さん。鍼(はり)やマッサージなどの韓方治療を体験するために、四人グループで三泊四日の韓国旅行に来たそうだ。同行のお友達が韓国の音楽事情を知りたいとのことで、たまにライブも行っている当店のことを思い出し、お茶をしに訪れてくれた形だ。

 おじいちゃんは車椅子には乗っていたが、とてもお元気そうな印象だった。ほうじ茶を飲み、興味深そうに店内をきょろきょろ眺め、話しかけるとパッと花が咲くような穏やかな笑顔で返してくれた。自分が九十八歳になった時のことは全然想像がつかないけど、そのお年になっても、今いる場所を飛び出して世界を見てみようと思う気持ちが素敵(すてき)だなと思ったものだ。そしてそれを支えるご家族の存在も。

 それから一カ月ほどして、お孫さんからメールが届いた。元気だったおじいちゃんが、突然帰らぬ人となってしまったという。一時期はスタスタ歩けるほど快調だったが、急に動けなくなってしまい、やがて天寿を全うされた。

ほうじ茶はオープン当初からある代表的なメニュー

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 メールはこう続く。「しかし私にとっても、ふたりの知人にとっても、そしてたぶん祖父にとっても、ソウルでの時間はかけがえのないものとなりました。二度とないメンバーの二度とないひとコマに、雨乃日珈琲店と清水さんと亜沙子さんもいてくださったこと、大切な良い思い出になりそうです。」

 誰かの思い出のひとコマに潜りこめることは自分たちにとっても光栄だし、そしておじいちゃんを囲んであれこれ話を交わした、どこか不思議で温かな時間や、おじいちゃんが車椅子でいそいそと去っていく後ろ姿を、私たちも忘れないだろう。

 街の景色も人々も移ろいの早い韓国で、これからも変わらず何げない空間でいられたらと思う。雨乃日珈琲店は来月八周年を迎える。(文・清水博之、書・池多亜沙子/しみず・ひろゆき=ライター、いけだ・あさこ=書家、金沢市出身)

 

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