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北陸文化

“負の遺産”にも価値 井出明さん 旅の記録を出版

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 戦争や災害などの「人類の悲劇の場をたどる旅」と定義される「ダークツーリズム」を提唱する金沢大准教授の井出明さん(観光学)が、「ダークツーリズム−悲しみの記憶を巡る旅」(幻冬舎新書)=写真(左)、「ダークツーリズム拡張−近代の再構築」(美術出版社)=写真(右)=を相次いで出版した。ともに井出さんがダークツーリズムの視点で実際に歩いた旅の記録だが、そこから見えてくるものとは−。 (松岡等)

ダークツーリズム提唱

 「入門編」とも言える新書では、旧ソ連との関係を体感する最北端の稚内から囚人のコスプレもできる「網走監獄」へと向かうルートや、近代日本のひずみとも言える水俣病、ハンセン病療養所、旧三井三池炭鉱をたどる熊本の旅など、比較的アクセスのしやすい国内のコースを、交通手段や宿泊のヒントとともに具体的に紹介する。

 「情報だけならインターネットなどで容易に手に入る。しかし実際に旅して現場に立ってみると、距離感や大きさが分かる。空間と時代について認識するには旅という切り口が一番」とダークツーリズムの効能を強調する。

■ 近代社会問う視点

 近代産業と公害を考える旅でもある足尾銅山と渡良瀬川は、発生源の上流と被害地の下流との違いを実感する旅として紹介されているが、北陸ならイタイイタイ病との共通性を考えさせられる。他の地域との共通点や違いを発見するのも旅による俯瞰(ふかん)した視点ならではかもしれない。

 「ダークツーリズム拡張」は、旅としての難易度が高い海外を中心にした応用編だ。「マレー半島で考える戦後七〇年」では、日本の敗戦をどこから見るかによって見方が変わることを示し、「戦争とテロを巡るフランスの旅」では第二次大戦で街の八割が焼け野原となったフランスの北西部の都市ル・アーブルが戦後の復興で世界遺産になったことを紹介、東日本大震災の被災地と比較する。

 ロスアンゼルスでは移民の問題、旧満州地域で歴史認識についてあらためて考え、長崎では隠れキリシタンと原爆について思いを巡らす。旅を通じて近代社会を問い直す試み。一方で同書でも、旅の楽しみや航空機の乗り継ぎなど旅のヒントも忘れない。

 井出さんからの提案で、石川県内灘町へ小さな「ダークツーリズム」に同行した。たどったのは米軍の試射場(一九五三〜五七年)があり、国内の反米基地闘争の先駆けになった「内灘闘争」の記憶だ。

米軍の着弾地観測所の内部に入る井出明さん=石川県内灘町で

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■ 「内灘闘争」の地へ

 まず内灘町歴史民俗資料館「風と砂の館」へ。闘争の短いビデオを見た後、展示を見る。レプリカとはいえ、「金は一年 土地は万年」のむしろ旗が生々しい。座り込み闘争では、関東軍でノモンハン事件にかかわったことなどで知られる参謀陸軍大佐の辻政信が、闘争を支援していたという写真もあり驚かされる。

 次いで町文化財保護審議会の竹田菊夫会長の案内で、権現森(ごんげんのもり)に残る着弾地観測所跡に向かう。町文化財にも指定され、遊歩道が整備されていた。トーチカからのぞいて内灘砂丘を望む。現場で砲弾が飛んでいたことを想像すれば、試射場というには広すぎる幅約八キロにわたるスケールの大きさが実感できる。同時に朝鮮戦争や現在の沖縄の基地問題を考えさせられる。

 日本で観光と言えばもっぱら光の部分が強調され、土地が持つネガティブな側面は「負の遺産」として隠されがち。井出さんは、自然災害が多発する日本こそ関連した情報を発信できると強調。戦争についても被害と加害の両面が複雑に存在する日本ならではの視点が提示できると可能性を指摘する。

■ 「不謹慎」の声には

 しかし被災地がダークツーリズムの対象となると「不謹慎」という批判がある。ただ東日本大震災の被災者から「記憶が消されてしまう」「行政の都合のよいようにされてしまう」といった声が井出さんに届くようになり、その意義が理解され始めてきたと感じるという。「行政も無謬(むびゅう)ではない。失敗を含めて後世に残すこと。そうしたことを含めてこそ、教訓として生きる」と語る。

いで・あきら 金沢大国際基幹教育院准教授。1968年長野県生まれ。近畿大助教授、首都大学東京准教授、追手門学院大教授などを経て現職。京都大経済学部卒、同大学院法学研究科修士課程修了、同大学院情報学研究科博士後期課程指導認定退学。博士(情報学)。共著に「観光とまちづくり−地域を活かす新しい視点」(古今書院)ほか。

 

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