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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(39) コケのこと

「コケの季節」

写真

野生の風体個性豊か

 チーンと音がして目をやると、オーブントースターから現れたのは、きのこ。ドイツのベルリンで、若いアーティストの作品を観(み)に行った時のことである。彼らの作品より先に、私はそこで焼いているキノコに惹(ひ)かれてしまったらしい。シイタケに似た、シイタケより大ぶりのキノコ。傘の裏はひだではなく、スポンジのようで、ぷつぷつとちいさな穴が見えた。秋の気配を感じると、ドイツにもキノコ狩りを楽しむ人が多いときいた。ベルリンのギャラリーで私が惹かれたのも、そんな野生のキノコである。

 私の父も、休みの日には山へ仲間ときのこ狩りに出かけていた。キノコ狩りというよりもコケ採りといった方がしっくりくるかもしれない。金沢ではキノコのことをコケというから。

 父は早朝に家を出て、夕方には山の恵みを背負って帰ってくる。籠にコケがたっぷりの日もあれば、さっぱりという日もあった。そして、たっぷりの日には、台所に広げた紙の上に籠からそっと出し、母も手伝い、ひとつひとつ並べていた。

 山菜のゼンマイやフキやカタハ等には、色や先が巻いていたり葉が出ていたりの違いはあっても、全体はすっとした風(ふう)に見える。しかしコケとなると、色もかたちも大きさもさまざまだ。同じ種でも野生のコケには風体にそれぞれの個性があり、見ていてじゅうぶんに楽しめたのである。

 コケを採った際に父は、コケのそばの葉も摘んで、コケといっしょに籠に入れていると言っていた。小さい時分、そう聞いても気にも留めなかったのに、今はとても気になる。程よい湿度を保ったり、傘が傷つくのを防ぐためなのか、それより何かもっと深い意味もありそうで…。

 私は「街っこ」であるが、これまでたくさんのコケを見たり触ったり、食べたりできた。これは父のおかげと感謝しよう。背負い籠が我(わ)が家の台所に転がっている風景を思い出すだけでも、穏やかな気持ちになれるのだ。湯に通すと赤紫に色が変わるのはシバタケだったか。このコケも傘の裏はひだではなかった。豆腐も加えた味噌(みそ)汁はおいしくて。コケだけじゃない、かわいい栗もあった。親指の爪くらいの山栗で、父はコケとは別に腰から下げる小さい籠に入れていた。山栗は熊の好物だから、たっぷりよりも、ちょっぴりか、さっぱりの方が多かったのだ。だから籠にちらっと見えただけで、飛び切り嬉(うれ)しかった。

 父が出かけた山とはどこなのだろう。にぎりめし三つ持って夕方には戻ってくることができる山、コケや、熊の好物の山栗がある山はどこか。聞いてもこれは答えてくれないかもしれないな。山の恵みをいただくものは、親子でもその場所をなかなか教えないらしいから。 (まえだ・まり=イラストレーター、画家、金沢・東山生まれ)※次回は10月6日掲載

 

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