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北陸文化

「この際潔く筆を絶たうと…」 金沢の記念館 「秋声の戦争」作家が見せた苦悩

「縮図」断筆の決意を長男徳田一穂氏に知らせる書簡。「妥協すれば作品は腑ぬけになる」「この際潔く筆を絶たうと思い」などの文言がある

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 金沢市出身の作家徳田秋声(一八七一〜一九四三年)は、戦時下の都新聞(現東京新聞=中日新聞東京本社)に連載中だった「縮図」を言論統制によって断筆、一方で文壇の重鎮として日本文学報国会小説部会長を務めた。秋声にとって戦争とは何だったのか。自筆原稿や断筆の経緯を示す手紙など約五十点の資料でたどる企画展「秋声の戦争」が、金沢市の徳田秋声記念館で開かれている。十月二十八日まで。 (松岡等)

 秋声の戦争は、まず日清、日露。回想「戦争と文学」では特に日露の影響の大きさを語っている。当時、出版社に勤務していた秋声は同僚の田山花袋が従軍記者となったことに島崎藤村とともに刺激を受けた。その後、自然主義の傑作、花袋「蒲団」、藤村「破戒」、秋声「黴(かび)」が生まれる。

 一方で秋声は、徐々に高まる軍部や政府による文学への介入を警戒していた。日露戦争後、言論統制を狙う政府が作ろうとした「明治文芸院」について、秋声は一九〇九年の雑誌アンケートで「わが国の文芸は今まで政府の保護を受けず、寧(むし)ろ迫害を受けながら発達してきた。政府が金を出しても文芸の奨励にならない」と答える。戦時体制が強まっていた三四年、内務省や作家直木三十五が「文芸懇話会」を組織しようと作家を集めた会合では「日本の文学は庶民から生まれ、庶民の手で育った。いままで為政者に保護されたことはないし、いまさら保護されるなんていわれたって、そんなもの信用できないし、気持ちが悪い」と発言したと、広津和郎は書き残している。

未完に終わった「縮図」のうち、新聞には掲載されなかった82回目の原稿。最後は「、」のままで終わっている

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 三六年二月に作家武田麟太郎が反ファシズム、人民による文学を志し創刊した「人民文庫」の座談会に秋声は参加する。しかしその同人たちは無届け集会を行ったとして特高警察に一斉検挙された。集会の目的は「徳田秋声研究会」だった。

 盧溝橋事件直後の花柳界を舞台にした秋声の小説「戦時風景」は、召集を受けた主人公が駅で万歳の声を受けながらつぶやく「畜生、行けない奴は陽気でゐやがる。」という一文が検閲で伏せ字になった。

 太平洋戦争開戦間近の四一年九月、長編「縮図」の連載が始まる。再び花柳界が舞台。しかしそれ自体が問題視された。形容詞にまで赤字が入り、主人公を芸者でなく看護婦にするよう申し入れもあったと、当時の記者が記録している。秋声は「妥協すれば作品は腑ぬけになる。(中略)この際潔く筆を絶たうと思い」と、長男の作家徳田一穂氏に手紙に残し、筆を折る。

 十二月、開戦直後の文学者愛国大会で秋声が「戦果についてだけは敬意を表するが、今だに戦争というものは疑問を持ってゐる」と述べたと、円地文子の回想も。しかし、翌年発足の日本文学報国会では文壇の重鎮として小説部会長に就いた。そこで予定した講演原稿の推敲(すいこう)には秋声の苦心の跡も垣間見える。秋声は四三年、日本の敗戦を見ることなく世を去る。

都新聞(現東京新聞)に掲載された「縮図」の挿絵。東京大空襲の際に徳田一穂氏が新聞社から回収されたが、一部焼けたものもあった

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 展示は、昨年七月に中川成美立命館大特任教授の「戦争をよむ 70冊の小説案内」(岩波新書)の刊行も契機だった。同書では秋声だけが例外に「戦時風景」「勲章」の二作が取り上げられた。中川氏はその理由を、秋声作品に「戦争を『運命』として、何の疑問も持たない『国民』の姿がそこには描かれている。戦時とは実際にこのような風景があらゆる場所に蔓延(まんえん)したであろうことが、肉枠的()に感じられる」と記した。

 安全保障関連法、「共謀罪」法が成立し、安倍首相が改憲スケジュールに言及する時世。藪田由梨学芸員は展示を「秋声と()戦争」ではなく「秋声の()戦争」とした理由を「秋声の戦争への向き合い方を紹介したかった」と話す。

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 二十六日午後二時から小林修実践女子大名誉教授の記念講演「戦時下の徳田秋声−日本文学報国会のことなど−」、九月十六日午後二時から宗像和重早稲田大教授の「近代文学の『検閲』をめぐって」がある。ともに申し込みが必要。

 九月一日、十月六日は藪田学芸員が展示解説。ともに午前十一時から、午後二時からの二回。申し込み不要。申し込み、問い合わせは同館=(電)076(251)4300。

 

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