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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(38) 秋声さんのこと、少し

「浴衣で従妹と」

写真

「好き」と口に出せず

 青色の蓋(ふた)で楕円(だえん)の黄色の缶に入ったのに、学校で注文したのも加わって、夏休みは肝油をよく口にしていた。戸棚には、赤茶の丸いプラスチックの容器もいっしょに並んでいて、中には同じ色の練ったものが入っている。金沢の古くからのひとならぴんとくる、老舗の薬だ。これもたまに、ヘラの先にちょびっとすくって、舐(な)めたりもした。

 私が小学生の頃は、学校に肝油係もあったような。当番制で給食の前にだったか、肝油係はひとりひとりの手のひらに配って歩く。肝油一粒に、なんと大層な、儀式のようだ、今思うと。

 私は冬に石炭係にあたった覚えがある。講堂の手前にある石炭室に下りて、バケツにいっぱい入れて教室へ運ぶ。肝油係より、うんとキツかった。バケツは口のべろんと広い鉄製のもの。握り手の部分に木が取り付けてある。それをくるん、くるんと回してしばらく遊んでみたり、石炭室の前の掲示板をながめてみたり…。石炭を運ぶ前のちょいとのさぼりの時間を私はつくっていた。掲示板の給食の献立予定表に「鯨のピーナツ揚げ」をみつけた日はどうだったろう。よいしょよいしょと石炭を運びつつも心のなかはぽんぽんと弾んでいたかもしれぬ。

 鯨といえば、徳田秋声の『挿話』に鯨がでてくる。と、いっても金沢の、ちょうど今の季節の「鯨餅」、昆布で鯨の皮を見立てた菓子なのだけれど…。

 先日、「銀座モダン」と題した古い雑誌をめくっていたら、「文壇カフェ常連番付」が載っていて、秋声さんのお名前が記してあった。次頁(こう)にはお姿も。「ダンディな装いでよくバーに現れた徳田秋聲」とキャプション付き。番付の勧進元に、山田順子が名を連ねていることも書いておこう。『仮装人物』のモデルの。秋声さんに思わぬところで出会って嬉(うれ)しくなり、また作品を読みたくなったのである。

 『挿話』は私が生まれた金沢のひがしの花街が舞台。大正十四年発表とある。私の産まれるずっとずっと昔の話なのにちっともそんな気がしない、なぜだろう。この「舞台」の装置のひとつ、この界隈(かいわい)の似たりよったりの家の間取りが、私の過ごした間も変わらなかったからか。鏡台や長火鉢や戸棚といった道具の細かな配置まで似ていたからか。ここに登場するひとたちに誰かを自然と重ねることも、私はできたし、祖母や街の大人から耳にしたこともいろいろと書いてある。九官鳥を飼うような家もまた、私のちいさい時分にも近くにあったのだから。

 秋声さんには「ファンです」や「好きです」となかなか口に出せずにいる。好きになりたい気持ちはあっても好きになるのが怖いのだ、ずっと。私が通った小学校の、この大先輩の前では、肝油を食べたり、石炭を運んだ頃のままがいいのだ。

 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)※次回は9月1日掲載

 

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