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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(36) 建具のこと

「ちょいと、涼」

写真

職人技 懐かしい感触

 松に竹、亀に鶴…。東京の家の近くの商店街を歩くと目に入ってくるのだ、彫りの欄間があちらこちらから。近ごろの店の流行(はや)りなのか、店の主の好みなのか、欄間だらけ。ガラス窓の内側に装飾と目隠しを兼ねて取り付けてあったり、二階の窓の外の手すりが欄間でこしらえてある。手すりにはびっくりした。かつてどこかのおうちの座敷にあったろうに、役目を終えて今再びのおでましがこの往来。これからは雨風にも晒(さら)されて、ちょっぴりかわいそうにと思ったり。店の入り口には格子の入った戸や、どこから運んできたのだろう、どっしり重たい蔵戸などなど、どれもみな旧(ふる)い。乳白色のころんとしたガラスの外灯も下がっていて、ながめているうちにふと、昔暮らした金沢の家の建具の感触を思い出して、懐かしくなった。

 離れの二階に寝起きしていたのは十五の頃。離れといっても、この界隈(かいわい)では猫の額ほどの庭の向こうの部屋を指す。障子を開けると板戸が三枚、真ん中に四角くガラスがはめてあった。晴れた日の朝は一枚、二枚と戸袋に移して納める。初めの頃はコツがつかめず難儀したけれど、一枚納めたら戸袋の中でぐっと向こうへずらすようにすれば、三枚すべてが納まる。すると三畳間の視界がうんと拡(ひろ)がって、気持ちよくなった。たまに戸袋からは小さな声も聞こえたけれど、あれはヤモリだったのかしらん。

 廊下には擦りガラスと型ガラスが上下に入った戸があり、障子は同じように見えて組子の幅が部屋に合わせて微妙に異なっていた。腰板に桟が横に入ったものもあった。面取りした組子は触れると優しい木肌が伝わってくる。見た目を華奢(きゃしゃ)にみせてもつくりはしっかりと丈夫だ。板戸には細い竹を粋にあしらって素敵(すてき)だった。建具職人の技術の高さに加えて、センスのよさもとりわけてここではキラリと光っていたのだ。

 私が暮らした花街のそばには建具屋さんがいくつもあった。皆は木町と呼び、町名が示すとおり木に関わる人たちが昔から多く暮らしていたようだ。私の同級生のふたりも共に建具屋さんの子だ。

 ユニークな欄間の手すりを見たせいか私も手すりを描いてみた。外戸を開けるとすーっと陽が細工を通して差し込んでくる、私のお気に入りのひとつである。千鳥は句を詠むひとから冬の季語と教わったことがあるけれど、波と出会うと、なんとも涼やかだ。そして「波千鳥」は荒波を共に越えていきましを表現した文様とも教わった。浮世を離れてしばしの廓(くるわ)遊びは甲斐性(かいしょう)あってこそできるというもの。「通う千鳥の恋の辻占」と、辻占売りの声もして、遠い昔のにぎわいがみえてきそうよ。 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ) ※次回は7月7日掲載

 

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