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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(35) バスのこと

「小さな旅」

写真

合唱の行き帰り わくわく

 はじめてひとりでバスに乗ったのは、九歳、小学三年生のときだった。家の近くの「橋場町」から「本多町」まで。私は放送局の児童合唱団の試験に受かって、水曜と土曜日だったかな、局のある本多町へ練習に通うことになったのである。

 「橋場町」のバス停は国道に面した傘屋さんの前にあったけれど、私が乗るバスの「橋場町」はそこから浅野川大橋を渡り、巨大な看板の前を左に曲がったところだった。看板は川沿いの北国第一劇場に上映中の映画の宣伝。公衆電話のボックスがひとつ、いやもうひとつ、向かいの角はお肉屋さん。コロッケやカツを揚げる匂いをさっそく私の鼻は嗅ぎ付けて、喜んでいた。そしてクリームソーダにハンバーグにビフテキに…。レストランのウインドーにはサンプルがずらーっと勢ぞろい。ゴクッとツバを飲み込むのに忙しくて、バスを待つ間、ちっとも退屈じゃなかった。

 国道からゆっくりとカーブして、赤と薄クリームのツートンカラーのバスが顔をみせる。この路線は町なかを循環していて、車体は小回りのきくよう小柄なはずが、狭い道に入るとぶわんと大きくなってみえたのだ。対向車や通行人にバスは「どうも、どうも、おじゃまします」と、遠慮がち。

 浅野川を上流に向かって天神橋を横目に、道はさらに狭くなる。店はぽつりぽつりで「静明寺前」の先は住宅がつづく。そして「常盤橋」。この人家すれすれのカーブは、運転手さんの腕が問われる難所だった。上手にいっぺんで曲がれば乗客の歓声が、難儀すれば、励ましに混じってヤジもとぶ。何度も乗るうちに私も、運転手さんといっしょにハンドルを切っているような気になった。「もうちょい、もうちょい」と皆のように声もだしながら。難所を過ぎれば少しずつ加速して、直進。突き当たりを左折して角に靴屋さんがみえて、ようやく大通りに出る。ここで私はいつもふうーっと息をついていた。「賢坂辻」から「兼六園下」へ、「本多町」はもうすぐだ。

 練習が終わると帰りは向かいの観光会館の前からバスに乗る。「賢坂辻」に靴がいっぱいみえたら左折して狭い道に入り、またあの難所がやってくる。こんな遠回りをしなくとも他のルートもあったはず。でも、子供ひとりには乗ってしまえば乗り換えなしのこのバスを母は選んだ。混み合う車内で習ったばかりの『チコタン』って題のユニークな歌や、一丁前に『マイウェイ』なぞも口ずさんでみたり、学校とはまた違うこの小さな旅がたのしくて、たのしくて。「横山町」には興味をそそる「ダンスシューズ専門店」の看板もみえたような。

 「橋場町」でバスの扉が開くとそこに、母と弟の姿があった。ウインドーのクリームソーダのエメラルドグリーンに映えた弟があの日、とっても可愛(かわい)かった。

 (まえだ・まり、イラストレーター、画家=金沢・東山出身)※次回は6月2日

 

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