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北陸文化

【文学】犀星の最期 手記に克明 当時の担当編集者 和田知子さん出版

晩年の室生犀星(左)、長女の室生朝子さん(中央)と和田知子さん(右)=1960年3月

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 金沢市出身の詩人、作家の室生犀星(一八八九〜一九六二年)の晩年に、中央公論社(現・中央公論新社)で担当編集者だった和田知子さん(85)=東京都町田市=が、本紙のインタビュー記事をきっかけに手記「遠い思い出 室生犀星のこと」を出版した。犀星の最期を具体的に記録。「実に壮絶で、一生を闘うことで打ち通してきた人だった」と明かしている。

 和田さんは一九五八(昭和三十三)年に中央公論社に入社してまもなく、最晩年の犀星を担当し、著書「我が愛する詩人の伝記」や「はるあはれ」などを編集した。

 最晩年の犀星は、がんで東京・虎の門病院で闘病したが、和田さんは筑摩書房で担当だった栃折久美子さんと交代で毎日、犀星を見舞っていた。手記に収録した「あの日のこと−悼室生犀星」で和田さんは、一九六二(昭和三十七)年三月二十六日、息を引き取る日の様子を克明に記している。

 「ウーン、ウーン、ウーン」地をゆさぶるように野太い声、それはまさしく男ごえであった。力強く、逞(たくま)しく、しかも今にもこれっきり止むかと思えるほど絶え絶えであった。

 和田さんは「遠い地鳴りのようなうめき声が聞こえ、最後までまっすぐで男らしい人だった」と振り返る。

 和田さんが手記を出版したのは、犀星の孫で、室生犀星記念館名誉館長(金沢市)の室生洲々(すず)子さんのインタビュー記事を東京新聞(中日新聞東京本社)で読み、洲々子さんと手紙のやりとりをするようになったのがきっかけ。こだわりの本作りをする金沢市大和町の版元「亀鳴(かめなく)屋」で昨夏に限定で百部作り、販売分はすぐに売り切れた。

 室生犀星記念館の上田正行館長は手記を「作家の最期の一言は注目される」とし、「記述が生々しく、編集者として作家の最期の印象を客観的に捉えようとしている。犀星は苦しいうめき声を発しながら大往生したことが分かる」と評した。 (督あかり)

 

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