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北陸文化

【雨乃日珈琲店だより ソウル・弘大の街角から】(4) 思い出のチキン店

「三月不知肉味」。3カ月間、肉の味を忘れるくらいの感動という意味

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最後の一食 何気なく

 フライドチキンは韓国の国民食だ。街にはチェーン店が乱立。人々は居酒屋のようにチキン店を利用し、あるいは家庭で宅配チキンを食べる。

 当店近くにも「チキンヘッド」というチキン店があった。私たちと同年代の兄弟による個人店だ。

 薄暗い裏道にある4テーブルだけの店舗で、最初は期待せず入ったのだが、パリっとした衣とジューシーなお肉のフライドチキンに感動。肉質が良いのはもちろん、油が新鮮なのか後味が良く、これまで食べた中でもベスト級のうまさだ。さらにキムチやピクルスも絶品で、聞けば地元で育てた野菜から手作りしているとか。手がかかっているのに価格は良心的で、頻繁に通うことになった。

 常連客は多かったが、マスコミがむやみに紹介し行列ができることはなかった。インスタ映えの要素がなく、おいしくて良心的なだけの店はメディア受けしないのだろう。

 やがて弟さんが離れ、お兄さんとガールフレンドが運営するように。と同時に店内に私物が増え、ふたりが仲良く座ってテレビを見ていることも増えた。ますますインスタ映えから離れていったが、自宅に招かれているような雰囲気も心地よく、相変わらずチキンは抜群においしかった。

 三月末、日本から戻り久しぶりに寄ったところ、見たこともない大混雑。会計の際、お兄さんに「明日店を閉めるんだよね」と告げられてしまう。結婚して地元で居酒屋を開くそうだ。弘大エリアの家賃高騰も原因のよう。

チキンとビール(韓国語で「メクチュ」)の組み合わせは「チメク」と呼ばれるゴールデンコンビ=ソウル市内で

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 残念なあまり翌日の夜も訪れた。並ぶのは覚悟の上だったが、到着すると客は誰もおらず、看板の明かりが消えた店内で、ふたりは定位置に座ってテレビを見ていた。恐る恐る注文すると、一食分だけあるとのこと。私たちの分を残してくれていたのだ。一緒にテレビを見ながら、何でもない一日の終わりのようにチキンをほおばった。

 チキンヘッドが消えてから、チキンを食べたい気持ちを忘れてしまった。あれ以上おいしく、心がほっこりするチキンには、どうせ出合えそうにない。(しみず・ひろゆき=ライター、いけだ・あさこ=書家、金沢市出身)

 (文・清水博之 書・池多亜沙子)

 

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