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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(34) 繁華街のこと 

「花散る横丁、昭和」

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大人の世界にドキドキ

 ふと、金沢の町なかのことを思い出すのである。昨日は片町の古本屋が現れた。バスの停留所「金劇前」のすぐそばにあったのだ。

 二十年くらい前、仕事で知った人は、私が金沢出身と知るや、「金劇前の古本屋を知ってますか」と問うてきた。そこの息子さんなのか、孫なのか親戚なのかは忘れてしまったけれど。バスが停まって扉が開くと、ごった返す待ち人の間から、たしかに本がガラス越しにちらちらといつも見えていた。記憶と言うのは、こちらが求めていないのに、ついでにというか、おまけをちょくちょく付けてくる。このあと金劇前の古本屋から犀川大橋にむかって私を導いてゆく。橋詰には筆屋が一軒、私は金沢に二十二まで暮らしたけれど、ここを通ったのは一度きりだ。さらに眼鏡の似合う美人も現れて、この店の娘さんだろう、遠い昔に話したこともあったかもしれぬ。なつかしいというより、なぜ今現れたのか、不思議な気分になった。

 金沢で私が暮らしていたのは、ひがしの花街である。近くには八百屋があり、魚に肉に豆腐、米に酒に味噌醤油、茶、菓子、花、化粧品に履物まで、それらを専門に扱う店がたくさんあった。床屋、髪結い、銭湯あり。建具や表具、桶をつくる職人の姿も見えた。神社や寺は子供の遊び場も兼ねていたし、浅野川をちょいと渡ると映画館があったのである。母が小さな頃は芝居小屋やダンスホールまであったというから、さぞにぎやかだったろう。よそへ出ずともこの界隈(かいわい)だけで事足りる。それでも流行の服や知らない場所を求めて人は繁華街にくりだす。私の場合、人混みのなかで、大人のマネをしたい、そしてはやく大人になりたい気持ちが強かった。

 香林坊に映画街、片町にはデパートがあった頃である。竪町にファッションビルも建ち、その先の新堅の通りには、店主のこだわりのつまったブティックや雑貨の店もできていた。片町のデパートの並びのビルの地下へ下る階段のなんと長かったこと。扉の向こうは老舗のバーだった。表からは見えない空間を知った時、繁華街はぐんと面白くなる。大通りから裏道へとまぎれ込み、横丁へ出る、気取った風(ふう)から大衆的となり、時に、ちょっぴり猥雑(わいざつ)な…。通り一本でガラッと変化するさまに、私は刺激をうけた。「田宮二郎が現れないかしら、成田三樹夫も天知茂も」。片町の裏通りや尾山神社のそばの飲食街を通る時、鋭い眼光を持つ俳優たちのことを思った。店に入ったことはない。この界隈のスリリングな気分に、ひとり浸っていたのである。

 そして帰りしな、香水店に寄り「ガーディニア」を一瓶買った。ラベルの女性の素描も私ごのみのこの店は、片町のデパートの裏にあり、香水の他にアクセサリー等も置いていた。瓶のラベルは画家の猪熊弦一郎が描いたとずいぶん後に知った。空瓶を並べて残り香をかすかに感じながら、店に出ていた美しい大人のひとを思ってみたい。この店もあのころ通った店のほとんどが、街から消えてずいぶんたった。

 (まえだ・まり=イラストレーター、画家、金沢・東山生まれ)

 ※次回は5月5日掲載

 

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