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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(33) 心の友とひだまり

「私のひなまつり」

写真

ひな人形のこと

 毛氈(もうせん)をひろげると、パァーっと部屋のなかが明るくなった。いつもは沈んでさみしくみえる部屋の青の土壁が、緋色(ひいろ)に映えている。桐(きり)の箱からそっと手にとって、薄紙をはずしていくと、まっ白な顔の女雛(めびな)や男雛の口元にも、緋がみえた。

 「マリちゃん、さて、このこはどこかな?」と、父が言うより先に、私の手はどんどん動いて、こちらあちらと飾っている。毎年、ひな人形を飾っているから覚えているのと、好きなこと、興味をもったことには、普段の私ののろまな性質もがらっと変わるのだった。子供のころのもうひとつの私の得意は、家の金庫を開けること。右へ三回…、左へ二回…と数字をいくつも合わせて、いつだって難なく開けることができたのは、家族で私だけだった。

 金沢は、よそよりひと月ほど遅れてひな人形を飾った。雪の季節の長い土地だからなのだろうか。私のひな人形は、虚弱な私がどうか元気に育つよう願って、祖母が贈ってくれたものである。そして、近所に同じ年頃の友だちのいないあのころの私にとって、年に一度のこの時期、人形たちは私の心の友となった。

 「おはようございます」「おやすみなさい」と、朝に夕にあいさつした。寝床に入っても、私の耳はコトッと微(かす)かな音をもとらえて、何度も胸さわぎがした。そして翌朝、五人囃子(ばやし)の鼓や撥(ばち)がころがっているのをみつけては、愉快な気分になった。彼らの熱演するさまを、ゆうべの夢とこじつけて、あれこれと想像を巡らせてみたり…。

 またある時に、ずり落ちそうな冠の下から、なんともバツ悪そうに男雛の顔も現れた。凛々(りり)しいお顔にいつもみとれていたぶん、滑稽だった。冠のひもを結びなおしてあげながら、桐箱から出したばかりの時には、硬くて、冷たく感じたこの人形たちや道具ひとつひとつが、こうやって触れるうち、日に日に柔らかなものとなって、彼らに表情までもみえてくるのを不思議に思った。

 あられや菱餅(ひしもち)、白酒、干し鱈(だら)に金花糖を並べてのひなまつり。貝のお汁と、たっぷりと錦糸卵をのせたちらし寿司(ずし)のなんとおいしかったこと。どれにも健康や良縁や豊かな生活を願う気持ちがこもっている。めでたい鯛(たい)や伸びる筍(たけのこ)を型どった金花糖は、色鮮やかでキッチュな魅力もある。ポルトガルの砂糖菓子が由来らしい。干し鱈は腹いっぱいのたらふくを願ってだろう。これもポルトガルの街のあちこちの店で目にした。あちらのはうんと塩気が強いのだけど。遠くはなれた異国を思うてのひなまつりも、また愉(たの)し。

 まつりが終わって、ひな人形がみえなくなると、そこに今度は陽が差し込んでいる。ぽかぽかのひだまりには、私の心の友が運んでくれた桜の香りがいつもした。(まえだ・まり、イラストレーター・画家=金沢・東山出身)

  ※次回は4月7日掲載

 

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