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北陸文化

【音楽】迫害超え胸打つ音楽 OEK定期

定期公演でオーケストラ・アンサンブル金沢を指揮する井上道義音楽監督=3日、金沢市の石川県立音楽堂で

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 オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が三日、金沢市の石川県立音楽堂での定期公演で取り上げたのはショスタコービッチ、ヒンデミット、メンデルスゾーン。いずれもその音楽は独裁的な政治に迫害を受けた作曲家。その歴史に思いをはせながら、指揮の井上道義音楽監督とOEK、ロシアを代表するチェロ奏者アレクサンドル・クニャーゼフさんによる演奏から、奏でることと聴くことの素晴らしさを改めて教えられる演奏会になった。

ショスタコービッチ

 旧ソ連の作曲家ショスタコービッチ(一九〇六〜七五年)はスターリンとの緊張関係にさらされた。その交響曲第四番は二十五年にわたり演奏されなかった。

 ショスタコービッチの演奏は井上さんの代名詞。二〇〇七年にその交響曲全曲演奏を東京・日比谷公会堂で敢行したことで知られる。チェロ協奏曲第一番は、チェロの巨匠ロストロポービッチさんに献呈された曲。ロシアを代表する演奏家クニャーゼフさんは会見で「ショスタコービッチは旧ソ連時代、言えないことを音楽に込めた。第一番は二十世紀最高のチェロ協奏曲」と話した。

 若い時に難病を克服、交通事故で家族を亡くし、自らも大けがを負いながら復活し「奇跡のチェリスト」とも呼ばれるクニャーゼフさん。力強さと叙情性を併せ持った気迫のこもった演奏で喝采を浴びた。長く続いた第三楽章のカデンツァ(即興的演奏)も全く飽きさせず、奏でる音は、ショスタコービッチの生きた時代、クニャーゼフさん本人の人生を彷彿(ほうふつ)とさせた。

ヒンデミット

 ドイツでナチスが政権を取っていた時代、多くのユダヤ系音楽家は迫害を受け、ドイツを離れた。ユダヤ人でなくとも、かかわりを持った前衛的な音楽は「退廃芸術」のレッテルを貼られた。ドイツ人作曲家パウル・ヒンデミット(一八九五〜一九六三年)もその一人。

 OEKが演奏した交響曲「画家マティス」は、一九三四年にベルリン・フィルが音楽監督の巨匠フルトベングラーの指揮で初演。ベルリン国立歌劇場の音楽監督でもあったフルトベングラーは同名のオペラを上演しようとしたが、ナチスがそれを禁じた。これにフルトベングラーは反発、ヒンデミット擁護の文章を新聞に発表した。その結果、フルトベングラーは要職を追われ、ヒンデミットはスイス、米国へと亡命することになる。

 井上さんはこの交響曲を長年のレパートリーとしてきたが、OEKでは初めての演奏。「楽団員よりエキストラのほうが多い裏技」(井上監督)を使って、壮麗なフィナーレを奏でた。

メンデルスゾーン

 大作曲家メンデルスゾーンの作品も、ナチス時代はユダヤ人だという理由で演奏を禁じられた。ナチスはライプチヒにあった像まで破壊した。

 プログラム後半に演奏した八重奏曲は室内楽ながら、交響曲を思わせるスケール感。こうした室内楽を定期公演で演奏できるのがOEKの特徴でもある。この日、コンサートマスターに招かれたベルリン・フィル第一バイオリンの町田琴和さんをリーダーに、OEKメンバーが好演した。

    ◇

 音楽は時に政治に翻弄(ほんろう)される。井上さんは二〇一三年、核実験を実行した北朝鮮で現地の楽団を指揮したことを石川県議会で批判され、街宣車が県立音楽堂の周辺で右翼的な街頭宣伝を繰り広げるという騒ぎになった。しかしその批判はこじつけだ。演奏会は核実験のずっと前から予定されていた。演奏家は演奏する。それを利用しようとするのは政治の側だ。

 どんな音楽も社会や政治と切り離すことができないのは事実。「忖度(そんたく)」が流行語になる今の日本で、迫害の歴史を経た音楽の曲を集めたプログラムに、聴衆は何を感じただろう。一方で素晴らしい音楽は、社会や歴史的な背景を超えて胸を打つ。今年三十周年を迎えるOEKの歴史に残る名演に立ち会えたことを喜びたい。

 

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