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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(32) デパートのこと 

「なにかな?」

写真

四角い箱にわくわく

 カッチャン、カッチャン…。昔のデパートのことを思うと、きまってこの音がきこえてくるのである。ガラスに顔をくっつけて、音のするあたりを飽きもせず見入っていたものだ。武蔵ケ辻のデパートには、あのころ、カッチャン、つまりは、まんじゅうの自動製造機があって、つくりたてを販売していたのである。

 金属の小さな輪っかには次々とまんじゅうのタネが流し込まれて、鉄板の上を動いていく。ぐるっと回った向こう側では、輪っかがくるりとひっくり返ったりもしている。そうやって移動しながら順々に焼き上げていくのである。最後にじゅーっと焼き印が押されて、ぽこっと輪から抜けると、まんじゅうのできあがり。ざっとこんなふうだった。

 当時まだちいちゃかったから、どの程度理解していたかはわからないけれど、人の手を介さないこの規則正しい機械の動きは、鮮烈だった。そしてカッチャンと輪っかが動くときに発する音もたいそう小気味よいものだった。「もうちょっと、あとちょっとだけ見たい」と、ぐずっては先を急ぐ大人たちを困らせたのは、あのころ私だけじゃなかったはずだ。それなのに肝心のまんじゅうの味となると、極端に記憶が乏しくなるのである。はじめてみた機械に真っ先に視覚や聴覚が奪われて、味覚の方はどうも出遅れたままのようだった。デパートの食堂で食べたお子様ランチも、そう。ぴんと立った旗にばかり気をとられておいしかったのかどうかは、覚えていないのである。それよりも同じころ、デパートの階段の踊り場にあった四角い箱のことを思い出すほうが数段わくわくしてくるのである。

 縦横ともに五十センチ強の箱には、前面に双眼鏡のようなものがついている。そこからなかをのぞく、というものだった。ちいさな踏み台があったから、子供はそこにのってのぞくことができた。こののぞき箱の横には、同じようにお金を入れると動く乗り物の遊具もあったけれど、それには全く興味が湧かなかった。

 のぞき穴のむこうには、モノクロームの写真のようなものがみえた。一枚、映ったら次の一枚と…。十枚あったかどうかわからない。まんじゅう製造機にくらべると、もどかしいほど、のんびりとしたものだったのである。終わってもしばらくは目を離せなかった。暗闇にまだかすかに残像がみえるような気もしたから。家にはとっくにテレビもあったし、動く映像を十分みているのになぜこんな時代遅れのものに夢中になったのだろう?

 のぞき穴のむこうには、なにが映っていたのだろう。これまで何度も記憶を辿(たど)ってみたけれど、毎度ぽっかりと浮かんでくるのは、マント姿の男だったり、松の木だったり、男に蹴られる女のひとだったり…。ここまでかけばもうおわかりの、貫一お宮、金色夜叉の有名なシーンばかりなのである。子供向けとは到底思えぬこれらを、踏み台にのって私はのぞいていたのだろうか?

 (まえだ・まり=金沢・東山出身、イラストレーター・画家)

 ※次回は三月三日に掲載します。

 

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