トップ > 北陸中日新聞から > 北陸文化 > 記事一覧 > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

北陸文化

【雨乃日珈琲店だより ソウル・弘大の街角から】(1) 弘大と出会う

雨乃日珈琲店は弘大エリアの東のはずれ、シャロームビルの1階にある

写真

芸術の街にひかれ開店

 二〇〇六年の冬、弘大(ホンデ)に出会った。

開店した当時、店内にかけていた作品「雨順風調四海寧」(あめやわらぎ かぜととのい しかいやすし 2010年)

写真

 弘大あるいは弘大前とは、芸術学科で有名な弘益(ホンイク)大学を中心とするエリアの通称であり、アートの街として知られている。近年は地価上昇のため、大資本によるチェーン店ばかりが増え、アーティストが運営する小さな空間は消えていく傾向にあるが、ライブハウスの集まる街、流行の街といえば今でも弘大だ。道を歩けば出会う、隣と音被りするほど近距離で路上演奏するアマチュアミュージシャンたちや、彼らを楽しそうに見つめる通りすがりの観客、流行を真っ先に取り入れたカラフルなカフェやショップ、そして夜更けまで路上にあふれる若者たちの姿に、弘大ならではの熱気を感じるはずだ。

 当時の私も、弘大の人々の熱さに大いにやられてしまった。インディーバンドのライブを観に、ステージから座席までDIYした小さなライブハウスに行けば、終演後にミュージシャンも観客も(そして後から来た観客ではない人も)交えた飲み会がその場で始まり、一気に友達が増えた。当時の弘大はそれほど広くなかったから、行く道でもしょっちゅう彼らに出会い「アンニョンハセヨ」と声をかけられた。皆、ざっくばらんで優しかった。

 そして彼らのフットワークは実に軽かった。次から次に新しい店を始めるのだ。酒の席で誰かが「店をやりたい」と言い出せば、半年後には実現していた。裏を返せば「せっかく開業したのにすぐ辞めてしまう」とも言えるが、準備もそこそこに一歩を踏み出し、ダメだったらその時考えるという姿勢が爽快だった。

 彼らの熱気に触れ、経営経験はゼロだったが、私たちも弘大で店をやりたい、展示もライブも自由にできる空間が欲しいと思った。〇九年のことだ。

 一年がかりで弘大のはずれとなる今の位置の物件を探し、契約した。身分証明できるものはパスポートだけという、大家にとってはどこの馬の骨とも知れない外国人だったわけだが、保証人も必要なく、お金とサインだけで簡単に契約することができた。緊張の第一歩は、あまりにあっけなかった。

     ◇

 韓国ユースカルチャーの中心地、ソウルの弘大エリアに位置する雨乃日珈琲店は、ライター・清水博之と書家・池多亜沙子の夫婦が運営する小さな喫茶店。日本人夫婦が店に立ちながら、日々感じたことをつづる。

 ※第四土曜日に掲載します。(文・清水博之 書・池多亜沙子)

 しみず・ひろゆき 1976年、静岡県生まれ。金沢市の出版社を経て、2006年以降、ソウル・弘大を拠点にライターとして活動。旅や文化、B級スポットをテーマにウェブや雑誌で執筆中。韓国での著書に『韓国タワー探究生活』がある。10年から雨乃日珈琲店を運営する。

 いけだ・あさこ 1976年、金沢市出身。書家。幼少より書を始める。結婚を機に拠点をソウルに移し、個展やグループ展で作品を発表するほか、商品や店舗ロゴなども手がける。制作の傍ら、夫と共に雨乃日珈琲店の店頭に立っている。

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索