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北陸文化

【本谷のこだわり学 重伝建の巻】 大田市大森銀山(島根県大田市)

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銀山のにぎわい 面影

 大森銀山は、北に位置する大森地区と南に位置する銀山地区からなり、石見銀山の歴史を今に伝えています。

 重伝建の範囲は銀山川を挟んで南北約二千八百メートルとその周辺ですが、私は代官所跡から清水谷精錬所跡を経て、銀山の坑道を公開する大久保間歩(まぶ)まで歩き、多くの遺跡や豊かな自然環境が残っていることを確認しました。

 石見銀山は大永六(一五二六)年に神屋寿禎(かみやじゅてい)が入山してから本格的な開発が行われ、天文二(一五三三)年に灰吹法(はいふきほう)による銀精錬を導入してから銀の産出量が増えました。慶長五(一六〇〇)年以降は徳川幕府の直轄領地(天領)となり、周囲約八千メートルの柵を設けて管理しましたが、採掘から精錬までのすべての作業を人力で行なったので、今も露頭掘り跡や間歩と呼ばれる坑道がたくさん残っています。

銀生産が盛んだったころの面影を残す銀山地区の町並み=島根県大田市で

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 銀生産の最盛期は十七世紀初頭で海外にも輸出されましたが、銀の生産量は次第に減少し、明治時代以降は民間経営となり、銀鉱石の枯渇によって大正十二(一九二三)年に閉山となりました。銀山閉鎖とともに、人も去って町は寂れましたが、バイパスとなる道路が早い時期に完成したこともあって、古い町並みは残りました。

 銀山地区は宅地が畑などに転用されて伝統的な家屋は“まばら”ですが、大森地区には、代官所跡(石見銀山資料館)、地役人・町年寄の旧宅、商家や郷宿(ごうやど)(公用で代官所に来た人が泊まる宿)などの歴史的な建造物がたくさん残っています。そのほとんどは寛政十二(一八〇〇)年の大火以降に建てられたもので、重要文化財の熊谷家住宅は保存修復工事によって復元された最大の商家です。また、旧河島家は唯一公開されている武家屋敷で、二階に隙間なく収納された什器(じゅうき)は圧巻です。

  最後に一言。選定範囲から少し離れますが、石見銀山世界遺産センターでは、展示品を通して石見銀山の歴史と鉱山技術について学ぶことができるので、必見です。 (本谷文雄=大衆文化研究家)

◆基本データ◆

所在地 島根県大田市 大森町の一部

種別 鉱山町

面積 約162・7ヘクタール

選定年 昭和62(1987)年(07年に範囲拡大)選定基準 伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの。

 

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