トップ > 北陸中日新聞から > 北陸文化 > 記事一覧 > 11月の記事一覧 > 記事

ここから本文

北陸文化

【能楽おもしろ鑑賞法】12 能「遊行柳」 弱さ謡われても舞に強さ

謡の文句と違い端正な姿で演じられる能「百万」。「遊行柳」も内面を描く=2010年3月7日、石川県立能楽堂で

写真

 能では、場面を描く謡とシテの姿や動きが一致しないことがある。だが違和感はない。そんな不思議を金沢能楽会の十二月定例能で上演される『遊行柳(ゆぎょうやなぎ)』で体感してみよう。

 粗筋はこうだ。遊行上人(ワキ)が、仏法を広める旅で東北・白河に差し掛かる。分かれ道で思案していると老人(前シテ)が現れ、朽木の柳という名木がある古道へ案内する。西行とのゆかりなどを教え、姿を消す老人。

 上人が供養すると、白髪を乱した柳の精(後シテ)が出現。柳の徳を数々示した後、御法(みのり)への報謝の心で静かに舞うのだった。

 二十年余前、観世流の異才が老女能『檜垣(ひがき)』で、脚をわなわなさせて登場したのを見た。百歳にも及ぶ女の役ではあるが、老醜が前面に出てしまう。見た目の写実を捨て内面を引き出すのが能ではないのか。

 能『百万』では子をなくした母を謡は「長き黒髪をおどろのごとく乱し」「眉根黒き乱れ墨」「麻衣、肩を結んで裾に下げ、裾を結びて肩に掛くる」と描くが、舞台の姿は端正でりりしい。そのため、母の一途な気持ちが伝わってくる。

 「遊行柳」も柳の精の姿を「気力無うして弱々と立ち舞う」「足元もよろよろ弱々と倒れ伏し」と謡う。だが、シテの舞からは強さを感じるだろう。それは仏法への思いか、生への執着か。 (笛)

◇十二月定例能番組(12月3日後1時、石川県立能楽堂)

▽能「遊行柳」(シテ佐野由於)

▽狂言「茶壺」(シテ能村祐丞)

▽仕舞「邯鄲」(シテ渡辺荀之助)

▽能「舎利」(シテ藪克徳)

 ▽入場料=一般2500円(当日3000円)学生1000円、中学生以下無料(問)同能楽堂076(264)2598

 

この記事を印刷する

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索