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北陸文化

【本谷のこだわり学 重伝建の巻】大田市温泉津(ゆのつ)(島根県大田市)

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北前船多く寄港 今も健在の外湯

 島根県中央部に位置し日本海に面する大田(おおだ)市温泉津(ゆのつ)は、字のごとく温泉のある津(港)。今も元湯泉薬湯と薬師湯の二つの外湯が営業を続けています。

 温泉津は中世から海運業が盛んで、慶長五(一六〇〇)年の関ケ原の戦い以降は、江戸幕府直轄の領地(天領)となって、日本海沿岸の物流拠点、北前船の寄港地として廻船の入港が急増しました。さらに、石見銀山から西へ約十五キロに位置し、石見銀山の外港としても栄え、陸揚げされた生活物資などは石見銀山街道を通って銀山柵内(さくうち)まで運ばれました。

 延享二(一七四五)年、温泉津には約四十軒の廻船問屋がありました。『諸国客衆帳』によれば、一六二五年から一八二九年の約二百年間の入港内訳は、加賀国からの廻船が六千百八十九隻と群を抜いており、能登国からも千二百隻の入港が記されています。

毛利元就の命により奉行に任命された内藤家の庄屋屋敷=島根県大田市で

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 温泉津では廻船問屋の敷地割が今も港付近に残り、谷筋に沿って民家や旅館などが並び、谷筋から枝分かれした谷間にも民家があります。近年、湯乃街線の発掘調査によって戦国から江戸時代の道路と側溝が見つかり、町の構造が現状とほとんど変わらないことも分かりました。

 温泉津に残る伝統的建造物は、延享四(一七四七)年の大火以降に建てられた江戸後期から昭和初期のものが多く、屋根は赤茶色の石州(せきしゅう)瓦で葺くものが目立ちます。漆喰(しっくい)塗の土蔵、洋風住宅、木造三階建ての旅館などの町の変遷を伝える建造物もたくさん残り、港町付近は廻船問屋が集まる江戸時代の景観、東部地区は大正から昭和初期の景観、その中間部は明治時代から大正時代の商業地区の景観が今も残っています。

 大正七(一九一八)年に山陰線の温泉津駅が開業し、海運業は急激に衰退しましたが、湯治客は絶えることなく温泉津の経済を支えました。ちなみに重伝建地区の中で、「温泉町」の選定は温泉津が唯一です。(大衆文化研究家・本谷文雄)

◆基本データ◆

所在地 島根県大田市温泉津町温泉津の一部

種別 港町・温泉町

面積 約36・6ヘクタール

選定年 2004年(2009年に範囲拡大)

選定基準 伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの。

 

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