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北陸文化

【奥能登国際芸術祭 スズ2017】下 記憶とともに

(1)エコ・ヌグロホ「Bookmarkofdriedflowers」

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 石川県珠洲市で開かれている奥能登国際芸術祭(十月二十二日まで)のキーワードの一つは記憶かもしれない。急激な過疎化によって使われなくなった建物や廃線になったのと鉄道の駅舎が作品に使われ、ノスタルジーがかき立てられる。それでもそこに生きる人々がいる。インドネシアを代表するアーティスト、エコ・ヌグロホ(1977年生まれ)が旧蛸島駅での作品「Bookmark of dried flowers」が残したメッセージ(写真(1))は示唆的だ。「未来はいつも思い出とともに始まる」−。=敬称略 (松岡等)

旧駅舎に刻む

 のと鉄道の穴水−蛸島間が廃線となったのは二〇〇五年。珠洲市内では、旧珠洲駅の駅舎が道の駅「すずなり」として活用されているほかは、ほとんどが打ち捨てられたままだ。

(2)ラックス・メディア・コレクティブ「うつしみ」

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 インドの三人組ユニットであるラックス・メディア・コレクティブ(1992年設立)は旧上戸駅のプラットホームに建つ待合室の屋根に、そのシルエットによる骨組みを浮遊するようにして建てた。「うつしみ」(写真(2))と題され、田んぼの中で夜になると怪しく光る様子は、駅の魂が抜け出していく姿のようにも見える。

(3)河口龍夫「小さな忘れもの美術館」

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 河口龍夫(1940年兵庫県生まれ)は旧飯田駅を舞台に「小さな忘れもの美術館」(写真(3))というインスタレーション作品を提示した。駅舎内の待合室の壁にかばんや折り畳傘など遺失物として届けられそうなものを黄色のペンキで型抜き。奥の部屋では忘れ物が壁とともに黄色く塗り込められ、その対比に記憶と忘却の意味を考えさせられる。傘のサインに導かれてホームに上がるとコンテナの貨車があり、内部は観覧者がメッセージを書き込めるようになっていて郷愁も誘う。

(4)トビアス・レーベルガー「SomethingElseisPossible(なにか他にできる)」

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 終点の旧蛸島駅の駅舎近く。世界的に活躍するトビアス・レーベルガー(1966年ドイツ生まれ)軌道にカラフルなトンネルを作った(写真(4))。先へ進むと色が変わり、視線の先に終着駅へ向かう線路。そこから備え付けの双眼鏡でメッセージを読み取るよう仕掛けられていた。作品名でもある「Something Else is Possible(なにか他にできる)」。未来はここから始まる。

未来の始まり

(5)吉野央子「JUEN光陰」

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 飯田地区は珠洲市の中心部。かつてにぎわった商店街で、空き店舗を使った展示を見ることができる。夜の街にあるスナックJUENの跡では、木彫を中心にした作品づくりをしている吉野央子(おうじ)(1964年鹿児島県生まれ)が「JUEN 光陰」(写真(5))と題したインスタレーションを出品した。ソファーやカウンターがそのまま残る店内につり下げられた魚の群れが青い照明で照らされ、海底か水族館の水槽に入ったかのよう。奥の小部屋は怪しげな雰囲気を醸し、座敷に巨大なカニやマグロの巨像が鎮座。架空の物語が展開する。

(6)「物語るテーブルランナー・珠洲編」

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 商店街の一角の旧額縁店では、鴻池朋子(1960年秋田県生まれ)が「物語るテーブルランナー・珠洲編」(写真(6))を展示している。鴻池が二〇一四年から各地で続けているプロジェクト。土地ごとに個人的な思い出や出来事を鴻池自身が聞き取って下絵にし、語った本人がテーブルランナーを縫う試み。「関心があるのは語りそのもの」という鴻池。珠洲では二十七人の個人的な、しかし驚きの物語がつづられている。

(7)「陸にあがる」いずれも鴻池朋子

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 鴻池は一方で、外浦と内浦の境界近くにある高さ五十メートルのシャク崎の崖上に人の足を持つ鹿の角という奇妙な立体作品「陸にあがる」(写真(7))を置いた。大自然の中で生きる生物のエネルギーの根源を見ようとするアーティストの想像力の広がりに驚かされる。

 

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