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北陸文化

【奥能登国際芸術祭 スズ2017】上 信仰と交流の海 

(1)小山真徳「最涯の漂着神」

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 石川県珠洲市で開かれている奥能登国際芸術祭。日本海に突き出た能登半島の突端は古くから大陸との交流もあった地。豊かな自然、キリコ祭りや食文化が残る一方、過疎化で廃線になったのと鉄道の軌道や駅舎、空き家が目立つ街並みにかつての記憶だけが残る。さいはての地を11の国・地域から参加した39組の現代美術作家たちはどう読み解いたか−。=敬称略 (松岡等)

寄神を敬う

 奥能登の海岸には古くからさまざまな物が漂着し、それらは漂着神(寄神(よりがみ))伝説となった。鯨や難破船は漁村に幸いをもたらすとして、珠洲の海岸沿いにはこれらをまつる神社が数多く残る。

 小山真徳(一九八一年愛知県生まれ)は難破船と鯨の骨を組み合わせた作品「最涯(さいはて)の漂着神」(写真(1))を粟津の砂浜に置いた。船首部分が社殿のようでその中には漂着神がまつられる。肋骨(ろっこつ)が鳥居、背骨はほこらに続く敷石のよう。打ち寄せる波を背景にした作品からは、古代から奥能登の人々が抱いたであろう海に対する畏怖と感謝の気持ちを想像させる。

(2)深沢孝史「神話の続き」

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 現代になって日本海側の海岸に流れ着くのはポリ容器などの漂着ごみ。それらを素材にして巨大な鳥居を模した作品「神話の続き」(写真(2))を設置したのは深沢孝史(一九八四年山梨県生まれ)。漂着ゴミの多くは朝鮮半島や中国、中にはインドネシアなどからの物もあるという。

 「外浦だけで六十もの漂着神をまつった神社がある。信仰心を失った現代人は漂着ごみにはせいぜい三世代ほど先までしか思いをいたさない。その最たるものが放射性廃棄物の処理もできないまま動いている原発なのでは」と深沢。地元の人にも知られていないほどひっそりとしかし目を見張るほど美しい入り江に、ごみでできた現代の神社が出現した様は皮肉にも見える。

対岸へ思い

(3)リュウ・ジャンファ「Drifting Landscape」

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 珠洲は十一世紀に中国や朝鮮半島の影響を受けて珠洲焼が起きた地。一時は廃れたが、二十世紀後半になって再開された。国際的に活躍する中国のリュウ・ジャンファ(一九六二年中国・江西省生まれ)は、世界有数の陶器の街・景徳鎮で学んだ中国を代表する現代美術作家の一人。その作品「Drifting Landscape」(写真(3))では、珠洲を代表する景勝地・見附島近くの海岸線に、珠洲焼と景徳鎮の焼き物の破片を並べた。

 中国で仏教を学んだ弘法大師が佐渡から能登に渡る際に「目についた島」というのが名前の由来という伝説が残る見附島。海岸に流れ着いた陶器の線がつくり出す風景は物が文化をもたらした大陸との関係を改めて思い起こさせる。

     ◇

(4)岩崎貴宏「小海の半島の旧家の大海」=いずれも石川県珠洲市で

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 「日本海は大陸と日本列島に囲われた一つの池のよう」と語るのは、今年のベネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館代表として作品を発表している岩崎貴宏(一九七五年広島市生まれ)。三崎の海岸に近い古民家の居室を活用。二トンもの塩を運び入れ、日本海の風景をミニチュアで再現した作品「小海の半島の旧家の大海」(写真(4))を制作した。

 「荒波を描いてみると、見附島が竜安寺の庭の岩のよう」。段差による目線の違いで見え方が変わり、停止した一瞬の時間を切り取ったように見せる手法は独特。奥座敷に見える山水画と手前に置いた日本では見かけない形の漂着ペットボトルが現代の中国のビル群を思わせる。締まりかけた障子戸が閉じられると鎖国になるのだろうか。「心を閉じたり、開いたりしてきたのが対岸の国々との関係だったのかも」

 

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