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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(26) 怖かったこと 

「とうきび、ゆれて」

写真

置物、木目 夜はひときわ

 カタッと音がして、ちょっと先からもカタカタッときこえたから、小鳥さんかな、猫がいるのかしら、と思っていると、カタカタカタカタ、カタカタカタカタとあたりじゅう鳴り響いてぞっとして、汗がサーッとひいていくのがわかった。遠くにひとの姿がみえたのに、どうしたことか、声もだせなかった。

 強風に、墓場の卒塔婆がいっせいにカタカタと揺れだしたのである。今年、七月七日炎天下、東京は亀戸の光明寺。ここに江戸の浮世絵師、歌川国貞が眠っている。私は国貞の粋な美人画や役者絵が大好きなのだ。墓参にきて、卒塔婆がゆれたぐらいで怖くなったとは、なさけない。

 家の庭のたぬきの置物が怖い。寝室の天井板の木目模様が怖い。子供のころ、あちこちに怖いものがあった。父のみやげのあんころ餅の栞(しおり)も怖かった。菓子の由来がしるしてあり、祠(ほこら)のような建物の写真が刷られた小さな紙のいったいどこが怖かったのだろう。

 亀がやってきた、蛇もやってきた、ひがしの花街、私の暮らす家の角に。置物じゃない本物、生きている。蛇は、二度も現れた。

 しゅるしゅると、卯辰山から宇多須神社の横の坂を下ってきたのだろうか、二度目の蛇は前のよりうんと太くて長くみえた。亀は地下の水路からどぼすにはい上がってきたのだろうか、三十センチ近くあるりっぱな甲羅をもっていた。蛇がきた日も亀がきた日も、人通りのない、不思議なくらいしんとした昼間だった。近所のひとが二、三人いたほど。

 蛇は今回も長い棒にぐるっと巻かれて、亀も腹をちりとりにのっけて、あっけなく御用となった。私ははじめてそばでみた亀や蛇に驚いて体が固まってしまい、目だけ見開いて、しばらく突っ立っていた。

 庭のたぬきに、亀やら蛇やらをじゅんぐりに思い出し、さらに夏には祖母の怪談話もたっぷり加わって、夜また私は怖くなった。就寝前のご不浄は、しばしば母におぶられてゆくこととなる。怖いなら母の背でじっとしていればいいものの、目線がぐんと高くなるのが愉快であちこちに目をやる。ある夜は庭のたぬきより先にさっと白いものが現れ、ひやりとして母にしがみついていた。夕方に洗ってしわのばしにガラス窓にぺたっと貼ったハンカチ、と知ったのはもう少し大きくなってからだ。

 「亀も蛇もちっとも悪さをしなかっただろう」と、あのころ祖母は、にっこりして言っていたかもしれない。たしかに亀も蛇もおとなしかった。

 玄関に四万六千日のとうきび吊(つる)して、家のなかには恵美須さまに大黒さまに布袋さま、庭ではたぬきが徳利(とっくり)と御通をぶらさげ、そこへ亀も蛇もいらっしゃったのだもの、縁起のよいものが勢ぞろいの大満足。おついたちには神棚に、いつもよりうんと張り込んでりっぱな鯛(たい)が供えてあったろうに。(まえだ・まり、画家・イラストレーター=金沢・東山生まれ)※次回は9月2日に掲載します。

 

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