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北陸文化

【本谷のこだわり学 重伝建の巻】平安古地区(山口県萩市)

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鍵曲 一番の見どころ

 山口県萩市の平安古(ひやこ)地区は萩城の南に位置し、昭和五十一年(一九七六)に最初の重伝建として選定されました。

 萩の重臣たちの多くは萩城三の丸(堀内)に住んでいましたが、平安古の開墾が進むにつれて武士たちが屋敷地を構え、主に中級武士が住みました。明治維新以降は多くの建物が取り壊されましたが、坪井九右衛門旧宅は長屋門・土蔵・本邸の式台や庭周りも含めて当時の建物が残っています。

鍵曲(かいまがり)土塀越しに夏みかんが見える=山口県萩市で

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 平安古一番の見どころは、敵が侵入した時に備えて二カ所で直角に折れ曲がった鍵曲(かいまがり)ですが、鍵曲近くに建つ平安古かいまがり交流館では、橋本川から水を引き入れた水路や船着き場を見学することができます。

 重伝建地区のほぼ中央に位置するかんきつ公園は、明治維新後に禄(ろく)を失い生活に困窮した士族救済の為に小幡高政が夏みかん栽培を始めた地ですが、「明治三十年代には果実の生産高が萩町予算の約八倍余りになった」とは驚きです。

 平安古の核となる旧田中別邸は小幡高政によって現在の主要建物が建てられ、その後は総理大臣を務めた田中義一の所有となって五松閣などの増築が行われ、今は遺族による土地と建物の寄贈により萩市所有となっています。

 かんきつ公園に建つ「橙園(とうえん)の記」と書かれた石碑には、「この地が夏みかんの栽培発祥の地であることを後世に伝えるために、小幡高政が明治二十三(一八九〇)年に建てたもの。最初は私(小幡高政)が夏みかんを栽培するのを疑いの目でみたり、あざ笑ったりしたが、夏みかんの栽培が盛んになるにつれ、そんな人たちも空き地に夏みかんを植えるようになった」と書かれています。「常識に縛られず、時代の先を読む力こそが大切だ」と教えられました。(本谷文男=大衆文化研究家)

◆基本データ◆

所在地  山口県萩市 大字平安古町字平安古、大字河添字河添の各一部

種別 武家町

面積 約4.0ヘクタール

選定年 昭和51(1976)年、1993年に範囲拡大

選定基準 伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの。

 

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