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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(24) 雨のこと 

「雨やどり」

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弁当忘れても傘忘れるな

 雨降りの日は窓をすこし開けて、外を眺めていた。人通りのない、雀たちもやってこない、雨だけが落ちて地面を跳ねるさまを、ずっと。本を読んだり絵を描いたりに、そろそろ私は飽きていた。

 雨が激しくなり、風も加わって部屋へ吹き込んでくると、窓を閉め、小ダンスを踏み台にして隅のタンスに上った。

 東山の花街に続く格子戸の内側には、上下にすりガラスの入った窓がある。上は下の窓の四分の一くらいの小さなもの。開けるとすぐに外のひさしがあるから雨も入ってこなかった。子供のころタンスの上にちょこんと正座して、この窓から今度は、雨がどぼすに流れて、それから地下水路へ消えていくのをひとりみていた。

 金沢は雨がよく降る。「弁当忘れても傘忘れるな」の言葉があるように、特に冬場は一日のうちに目まぐるしく空模様が変化して、傘は手放せなかった。

 桜が咲きツツジが咲いて、暖かくて乾いた季節がくると、傘ともしばしの別れ。そして梅雨に入れば、また傘の出番が増えていく。

 傘の骨がぼこっと出ているのは、冬に屋根の雪がなだれて痛めたせい。母がなおしてくれたけれど、閉じてくるりと巻くのもぎこちなく、不格好だった。突風に煽(あお)られ、めくれあがって骨が折れたときは、修理に出した。

 あのころ、浅野川大橋のそば、橋場町のバス停のところに傘屋さんがあった。二、三日して取りにいくと、哀れなあの傘がプロの手にかかり、みごとにしゃんとなっていて嬉(うれ)しかった。それからも修理をくりかえしたローズピンクのこの傘は、今も手元にある。なのに大人になって初めて自分で買った傘は、持って二日もたたないうち、電話ボックスに忘れてきた。黒地に小花のプリントで、柄は透明のモダンなもの。値段だってちゃんと覚えている。「弁当忘れても傘忘れるな」と持って出たものの、私はあちこちで忘れて、それっきりの傘も少なくない。

 たたきつけるように激しく降る雨の日、あれはいつの季節だったのだろう。雨は勢いよくどぼすに流れてゆくけれど、地下水路へ消えずに、ひたひたと溜(た)まりだした。このまま降りつづくとどうなるか、子供の私にだってわかった。窓をぴしゃりと閉め、タンスから一気に飛び降りた。

 家の前の十字路は泥いろの川になった。二階の窓からあの日私がみたのは、腿(もも)のあたりまで浸かり、両手を漕ぐようにする近所のおじさんの姿だった、白のタオルを頭に巻いた。どれくらいして水が引いたのか、引いたあとの始末はたいへんだったろうに、その記憶は私にない。 (まえだ・まり=イラストレーター、画家、金沢・東山生まれ)※次回は7月1日に掲載します

 

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