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北陸文化

【鷲田めるろのベネチア便り】6 海坊主

作品中央の穴から現れる観客の頭はまるで海坊主のよう=ベネチア・ビエンナーレ日本館で

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鑑賞する人も作品の一部

 ベネチア・ビエンナーレ日本館の建物で最も特徴的なのは、展示室の床の中央にある正方形の窓である。窓からは下のピロティが見える。この窓を活(い)かした展示方法を考えるうちに、作品を全く異なる視点から見るための装置として使う案に至った。ピロティに階段を設ける。登ってゆくと、この窓から顔を出し、穴の周りの床に置かれた作品を至近距離で見ることができる。

 岩崎貴宏の作品は、視点の違いによって作品の縮尺や意味が違って見える。離れて見たときには洗濯物。しゃがんで近づいてよく見ると、布から引き出された糸でつくられた小さな鉄塔に気づく。すると突然、全体の縮尺が変化し、山々の地形模型のように感じられる。ただし、立って全体を見ようと、しゃがんで細部を見ようと、床に置いてある限り、上から見下ろす鳥瞰(ちょうかん)的な視点であることには変わりはなく、いくら近づくといっても限界がある。しかし、この窓を使えば、水面下から見るような下からの視点を生み出すことができるのではないか。これがこの案の最初の着想だった。その後さらに、穴から見える部分は瀬戸内海の海側から見える薄汚れた化学工場群、展示室側から見える部分は牧歌的な山々にして、双方の見え方の違いを強調するという案に展開した。

 展覧会がオープンし、初めて会場に大勢の観客が足を踏み入れ、ピロティの階段には行列ができた。そのとき、私も岩崎も想像していなかったことが起きた。床の穴から人が顔を覗(のぞ)かせると、展示室でそれを見ている人たちの間に、笑いが起きたのだ。私たちは、見るための装置としてしか穴を認識していなかった。穴から見たとき、小さな化学工場群はどのくらい近くで見ることができるか。天井から吊(つ)り下げた他の作品はどのように視界に入ってくるか。その見え方を微調整するため、穴の直径も一センチ刻みで実物大のサンプルをつくって試した。だが、見ている人がどのように見えるかまでは考えがおよばなかった。

 穴から出てきた頭は、ミニチュアの世界に突如現れた海坊主のようだ。そのユーモラスさが、展示室から見る人の笑いを誘い、穴から覗いている人は、まるでスターのようにカメラを向けられる。穴から鑑賞する人も作品の一部として取り込まれていた。ときとして、つくる側が予想もしていなかったことが起こるものである。

 (わしだ・めるろ=第57回ベネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館キュレーター、金沢21世紀美術館キュレーター)

 

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