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北陸文化

【美術】最初期の仏画 初の一般公開 石川県七尾美術館 長谷川等伯展

(右)は初めて一般公開されている富山県氷見市・蓮乗寺蔵の「鬼子母神十羅刹女像」長谷川信春(等伯)筆(左)の富山市・妙伝寺蔵の「鬼子母神十羅刹女像」と比較すると面白い

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 富山県氷見市の蓮乗寺所蔵の「鬼子母神十羅刹女像(きしもじんじゅうらせつにょぞう)」が、その矩形(くけい)印から能登・七尾出身の絵師長谷川等伯(一五三九〜一六一〇年、当時信春)作と分かったのは昨年秋。約百点の等伯作品の中で、最も早い二十歳前後の作である可能性が高いとされる発見だった。石川県七尾市の県七尾美術館で開かれている「長谷川等伯展〜天才絵仏師、みやこを目指す!〜」(二十八日まで)で、初めて一般公開されている。 (松岡等)

富山県氷見市・蓮乗寺所蔵の「鬼子母神十羅刹女像」

 等伯は信春名の印を四角の矩形、袋形、鼎(かなえ)形と変えているが、養父・長谷川宗清の下で絵仏師として画業をスタートさせた頃に使っていたのが矩形印。父との合作で押されていたほか、単独作では二十五、六歳ごろの作とみられる「日乗上人像」(石川県羽咋市・妙成寺蔵)にあり、これまではこれが最も若い時期に描かれたとされていた。

 新たに見つかった「鬼子母神」は「線がくっきりとしてリアルな日乗上人像に比べ筆に拙さがみられることから、二十歳ごろか十代だった可能性もある」(的場久良学芸員)という。その後の二十六歳ごろとみられる袋形印のある「鬼子母神十羅刹女像」(富山市・妙伝寺蔵)と比較しながら、若い等伯が富山で腕を磨いたことを想像してみるのが楽しい。

 また、三十代はじめに京都に上る前の等伯を代表する「善女龍王図(ぜんにょりゅうおうず)」「愛宕権現図(あたごごんげんず)」(ともに七尾美術館蔵)、長谷川家の無分、宗清、信春それぞれの「涅槃図(ねはんず)」も展示されている。

 ☆ ☆ ☆

 もう一つの見どころは水墨画。最晩年の七十一歳の作である墨画淡彩「十六羅漢図屏風(じゅうろくらかんずびょうぶ)」(京都市・智積院蔵)では、普通は厳しい表情であることの多い羅漢たちが、どこか飄々(ひょうひょう)として肩の力が抜けて描かれている。画業のスタートと最後が同時に見られるのは興味深い。

 ほかにも、ともに重要文化財の「山水図襖(さんすいずふすま)」(京都市・圓徳院蔵)、「列仙図屏風(れっせんずびょうぶ)」(京都市・壬生寺蔵)や、国宝「松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)」複製、「猿猴図屏風(えんこうずびょうぶ)」(ともに七尾美術館蔵)など円熟した等伯の筆を味わえる。

 

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