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北陸文化

【鷲田めるろのベネチア便り】5 デッキブラシ

展示と個展のタイトル「逆さにすれば、森」をつなげたデッキブラシ

写真

タイトルと作品つなげる

 ベネチア・ビエンナーレ日本館の床は大理石だ。白いモダンな壁と黒く光る石の床のコントラストが美しい。一方、現代美術のための空間は、倉庫をモデルとしてきた。ニューヨークのダウンタウンにある高い天井、広い空間、ラフな仕上げの床。それを制作場所に転用したアトリエが現代美術館の展示空間に反映されたのだ。金沢21世紀美術館のコンクリートの床も、こうしたラフな倉庫空間の延長線上にある。

 そういう展示空間に慣れていると、教会のような大理石の床は、いかにもクラシカルに見える。しかし、この床は私にとって新鮮で、この日本館を使って展示するからには、この床をぜひとも活(い)かした展示にしたいと考えた。

 展示作業中、埃(ほこり)でうっすらと白っぽくなっていた床は、概(おおむ)ね展示ができあがって、ワックスで磨き上げたとき、もとの黒い輝きを取り戻した。床の上に置いているテーブルや天井から吊(つ)り下げている作品が床に反射する。

 ワックスをかけるのに使ったデッキブラシに、作家の岩崎貴宏は目をつけた。日本のデッキブラシのような細い毛ではなく、少し太い、柔らかい棒がたくさんブラシの先についている。ある朝、私が日本館に顔を出すと、展示室の隅の床に、そのデッキブラシが横たえられ、そのブラシの先に白い雑巾が引っかかっていた。白い雑巾は、青い糸で縦横に縫い目があり、近づいて目を凝らすと、その布の上に、同じ青い糸で、小さな建物がつくられていた。ベネチアの大運河沿いに立つ、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会、ベネチアを訪れる人なら必ず目にする有名な教会だ。置きっぱなしにされたかに見えた掃除道具は、実は岩崎の作品だったのだ。展示する予定になかった、キュレーターである私も知らなかった、即興的な作品である。

 岩崎の個展のタイトルは「逆さにすれば、森」にした。このタイトルは、ラグーナ(潟)に無数に打ち込まれた木の杭(くい)の上に、ベネチアの街がつくられていることを元にしている。岩崎は、デッキブラシの先の無数の肌色の棒を、ベネチアの地面の下の杭に見立てた。地面の下の世界を想像し、頭の中で上下をひっくり返してみる。岩崎の作品の面白さはそのような想像力にあると考え、視点を変えることの大切さを伝えたいと思ってつけたタイトルだった。床を磨くデッキブラシが展覧会のタイトルと展示とを繋(つな)げた瞬間だった。

 この記事が掲載される五月十三日、ベネチアにて「逆さにすれば、森」展がいよいよ幕を開ける。 (わしだ・めるろ、第57回ベネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館キュレーター、金沢21世紀美術館キュレーター)

 ※次回は27日に掲載します。

 

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