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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(23) 酒のこと 

造り酒屋の前で

写真

蔵元訪ねる夢に酔う

 東京の自宅のそばで、銀座の裏通りで、と、このところ酒林に出くわすのである。自宅のそばのは居酒屋の軒先で、全国の地酒もそろえているらしい。杉の葉を束ねて球状にした酒林は、造り酒屋の酒の神様への感謝や、新酒ができた知らせと思っていたが、このコンクリート打ちっぱなしのモダンな店にも似合ってみえた。

 はじめて酒林をみたのは、子供の頃、金沢の東山の家から浅野川に向かう通りの酒屋だった。奥で酒を造っていたかはわからない。ころんと丸くはなく、ずんぐりむっくりの、子供だったから大きくみえたのじゃなく、本当に大きかった。私の家に酒を届けてくれる酒屋じゃなかったから、中へ入ったことはなかったけれど、一度だけガラス戸からのぞくと、見慣れた酒瓶の後方に赤い丸のラベルがみえた。ワインといえば赤玉のそれしか私は知らなかった頃で、日本酒には特級、一級、二級と、等級があった。父の晩酌は一級酒。金沢で造られた皆がよく知る酒を、ちろりで燗(かん)をつけていた。

 一升瓶にぐるりとのし紙を巻いたものや、二本箱入りにやはりのしを掛けたものを、あのころ家でよく目にした。のしには内祝いや御祝、御見舞、志…の文字。そのほとんどが金沢の酒だった。人のつきあいのあらゆる場面で酒を贈ることで気持ちを伝える、小さな金沢の街を酒は行き来していたようだ。

 白山に近い親戚を訪ねると、そこにもその土地の酒がある。旨(うま)そうに杯を酌みかわす父だったけれど、その酒が父の日々の晩酌に加わったかといえば、なかったのである。

 「酒というものが一般に自分が作られた所から離れるのを好まないものなので、そのことにかけて日本酒は酒の中でも酒らしい性格を備えているから」

 金沢を好んでよく訪れた吉田健一の随筆の一節をふと思った。今はどうだろう、ずいぶん遠方にまで顔をだすようになった。でも日本酒の性格のほうはちっとも変わっていないと、私は思っている。

 銀座の酒林は蔵元直営の料理屋だった。海外からの観光客が珍しそうにながめて写真に収めていた。私にも、旅先で杉ならぬ松の小枝の束が酒場の軒に下がっているのをみて嬉(うれ)しくなったことがある。オーストリアのウィーンのメトロや市電を乗り継いで着いた村で、松の枝はホイリゲ(ワインの新酒)ありますのしるしとのこと。観光客より地元の人でにぎわう村だった。

 酒を求めて小さな旅も楽しいものだ。金沢の街なかの喧噪(けんそう)をはなれて犀川を渡り、野町駅から白山へ。霊峰白山のエネルギーをじわりじわりと感じなから、途中に点在する蔵元を訪ねてみたい。旧い車両の床は木で吊(つ)り革が振り子のように揺れていた。今はもうみえない記憶の電車に乗って、しばし私は酔うてみる。(まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)※次回は6月3日付

 

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