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北陸文化

【対談】音の実在 言語にしたい 音楽と創作めぐりトーク

音楽と創作をめぐって語り合う宮下奈都さん(左)と岸政彦さん=金沢市長町のオヨヨ書林せせらぎ通り店で

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 小説『羊と鋼の森』(文芸春秋)で昨年の本屋大賞を受賞した作家宮下奈都さん(福井市在住)と、初の小説『ビニール傘』(新潮社)で芥川賞候補となった社会学者岸政彦さんが15日、金沢市の古書店「オヨヨ書林せせらぎ通り店」でトークイベントを開いた。音楽をいかに書くかという話題から、フィクションを書く快楽へ。トークの一部を紹介する。(松岡等)

宮下奈都さん×岸政彦さん

金沢市の古書店

 岸 『羊と鋼の森』はピアノ調律の話なのに、ライブハウスでドラムとベースの重低音がきた、というシーンがあります。あ、激しいロックも好きなんだな、書きたかったんだ、と伝わってきた。『よろこびの歌』『終わらない歌』はザ・ブルーハーツですね。シンプルな曲で、意外だった。

 宮下 「羊と鋼の森」コンサートというのがあって、好きな曲をリクエストしたんですけど、ピアニストの方が言うには、その調が皆、同じなんだそう。それぞれ理由があって好きだと思っていた曲だけど、キーに支配されていたと分かった。ブルーハーツも同じで。音楽をなんとか言葉にしようと考えていたのが、実はもっと根源的なものだった。

 岸 音楽って言語化できない。それを、なんとか言葉にして伝えようとするフレーズが好きです。

 宮下 (言語化)したいなと思います。曲を描写するというより、それぞれの人の頭の中で、それぞれの曲が鳴ったらいいと、そこを目指して。

     ◇

 岸 音楽は目に見えないけれど確かにそこにあって、それに感動する。宮下さんはそれをたたえる作品を書いているけれど、奇跡的な瞬間というのじゃないですね。

 宮下 それはない。

 岸 素晴らしい音楽と出会って罪が許された、みたいなドラマチックなことを書きがちじゃないですか。

 宮下 音楽って、そういうことじゃない。一回の体験っていうのはきっと誰にもあると思うんですが、でも、それを一回のお守りにして生きていくのか、人生ってそうなのかなっていうのがある。それが何回あったら生きていけるのかなって。日常って、それだけじゃないと。

     ◇

 宮下 (小説を)最初に書いたのは三十六、七の時。突然書いた。妊娠中に書きたくなって。書いてみてなんでこんな楽しいことに気づかなかったのかって。

 岸 あの楽しさって何でしょう。僕はまだ短編二つなんですけど、独特の快楽がある。これで人生、棒に振りかねんなと思って。今まで使ったことない脳の部分を使っている感じ。

 宮下 そうそう。

 岸 フィクションだから本当のことじゃないけど、うそを書いてます?

 宮下 違います、違います。

 岸 でも本当のことでもない。

 宮下 自分の中では起きていることですよね。起こっていることを書き写している感じ。書いていると見えてくるというか、あ、そうかって思いながら書いている。

 岸 ストーリーを作ってから書きます?

 宮下 いえいえ。

 岸 やっぱり。僕の二作目には廃墟(はいきょ)が出てきて、住んでいたのは誰だろうって思うシーンがある。今、三つめを書いているんですけど、書いていたら、その廃墟になる前の長屋に住んでいた人が出てきた。書いている自分がびっくりして、なんやこいつやったんか、みたいな。

 宮下 でも、それ以外にありえないのでしょう。

 岸 学生時代からジャズのウッドベースを弾いていますが、演奏も似ている。その場で音を選んで弾く感じじゃなくなってくる。人が何かを表現するとき、わざとやっていることって少ないと思うんです。だれが書いているんだろうなって思う。

     ◇

 岸 社会学のエスノグラフィーでも、ある出来事を違う社会学者が書いたら、違う話になることがある。だから、一つの現実なんか存在しない、解釈は自由っていう考え方が続いてきたのですが、それにはうんざりしていて。やっぱり現実は一つで、差別は存在するし、貧困はあるし、女性に対する抑圧も根強いということが実在すると思っている。音楽も、どんな表現も自由、なんでも音楽だというのじゃなく、やっぱり音楽は実在する。

 宮下 先日、NHKの合唱コンクールの課題曲の作詞をすることになって、作曲家の人が曲をつけてくれた。それが小学生だと音域がちょっと高過ぎてのどに悪いんじゃないかと話が出て、NHKが半音だけでいいから全体的に下げてくださいというのです。でも作曲家は、メロディーは同じでもここ違うでしょう、聞き比べてみてくださいと。その時、私もこうなりたい、って思った。

 作曲家の方は情熱を持って語るわけです、音のきらきら度合いとかを。私には分からないのだけど。結局、変えなかったんですね、彼の主張もあって。ただ高すぎる時にはこっちでもいいよと、違うコーラスは作った。

 岸 僕らに分からなくても、作曲家にとっては、そのトーンによる音が実在する。

 宮下 そう。実在するって、それだと思いました。

 

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