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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(22) 兼六園のこと

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悲しかった春の日想う

 前の子が、地べたを蹴るようにして歩くから、私もまねをしてみた。あの子ほど強く蹴らなかったけれど。砂利のなかにざくっ、ざくっと靴が入っていくのは気持ちいい。桜色で後ろ留め、スタンドカラーのブラウスの胸元に、たっぷりとフリルが付いている。白のタイツにタータンチェックの半ズボン、ズボンと揃(そろ)いの柄のバッグを持って。あの日、私は母が好んで着せた貴公子風の装いできめていた。なのに兼六園に着いて早々に、ピカピカの黒の革靴を、舞いあげた砂利の粉塵(ふんじん)で汚してしまったのである。

 私は五歳、弟ができて嬉(うれ)しかったはずが、母や祖母が弟にばかり気をとられているように感じはじめた頃だった。父とふたりきりのおでかけも、そんな気持ちをさらに強くさせた。どうやら弟に対する疎ましさで私は地べたを蹴っていたようである。

 桜の開花をみようと、兼六園はたくさんの人出だった。永い冬が終わって、重いコートを脱いだ軽装のひとたちは、声も軽やかに弾んで、楽しいおしゃべりが方々から聞こえてきた。霞ケ池から眺望台へ向かう途中には、風船売りがでていた。こちらをみるや、待ってましたとばかりにガスのボンベの栓をひねり、ぷくっ、しゅっしゅーっと風船をふくらませる。「マリちゃん、何色がいいか?」と父が聞いてきた、欲しいなんて言っていないのに。「青」とだけ私は答えた。赤でも黄でも、なんでもよかった。私は左の袖をみつめて、また悲しくなった。靴を汚してしばらくして、今度は歩きたばこの火が触れてブラウスを焦がしていったのだ。皮膚にあたらず小さいコゲで済んだけれど、化繊の薄物である、火がまわるのもあっという間と思うと怖くなった。男は申し訳ないと何度も詫(わ)び、父もそれ以上のことは求めなかった。

 眺望台から父とふたり、遠くに連なる山々に目をやった。それから青の風船が空の青のなかに消えてゆくのを見届けた。欲しくて手に入れたんじゃないと風船はわかったらしい、私のちょっとの隙をのがさず、去っていった。

 家に帰ってからも「兼六園に赤と白の毛の獅子がいる」とか「池の水があふれてたいへんだ」と言って、私は祖母の気をひこうとした。なぜかブラウスを焦がされた事実は話していない。私のいつもの作り話に祖母はうんざりの顔をして「へえー」と「うーん」をくりかえすだけ、おひなさまのおさがりの金花糖を火箸の頭でぽんと突いて鍋へ入れた。桃をかたどった砂糖菓子はふたつに割れてぷくぷくと豆のなかへ溶けていく。

 兼六園の赤と白の獅子とは? 霞ケ池の内橋亭より登場し、ことじ灯籠を背に虹橋で毛振りする獅子の姿を今想(おも)ってみる。連獅子である。なんとすてきなことか。そして悲しかった出来事でさえ、今は愛(いと)おしい。

 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)次回は5月6日に掲載します。

 

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