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北陸文化

【映画】 「人生フルーツ」 「SHARING」

津端修一さん(右)と英子さん夫妻((C)東海テレビ放送)

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豊かな暮らししみじみ

 愛知県春日井市にある高蔵寺ニュータウンの一角。雑木林に囲まれた平屋で自然とともに野菜や果物を育てながら暮らす建築家の津端修一さんと英子さん夫妻の暮らしぶりは、真の豊かさは、効率とは無縁だと教えてくれるようだ。

 夫妻の生活を記録したドキュメンタリー「人生フルーツ」の劇場版が十八日、金沢市のシネモンドで公開される。初日午前十時十五分からと午後二時三十五分からの上映後、伏原健之監督が舞台あいさつする。

 津端さんは日本住宅公団の建築家として、日本有数の阿佐ケ谷住宅や多摩平団地などの都市計画を手掛けた。高蔵寺ニュータウンは伊勢湾台風の被害を受けて名古屋市の郊外で計画され、津端さんは地形を生かし雑木林を残して風の通り道を作るマスタープランを描く。しかし、経済が優先される高度成長期、計画は大規模化して津端さんが思い描いたものとは程遠い無機質な街になってしまう。

 津端さんはそれまでの仕事から距離を置き、一家はニュータウンの一角に土地を購入。師とする建築家アントニン・レーモンドの自邸に倣った一軒家で落ち葉から土を育み、食物を育てる生活を始める。

 映画は、津端さんの建築家としての歩みや戦時中からの台湾との関係も紹介するが、二年間にわたり密着した暮らしの細部に惹きつけられる。枯れ葉で肥やした土を耕し、七十種類の野菜と五十種類の果物を自給自足。魚や肉は英子さんがバスと電車を乗り継ぎ、なじみの店で調達する。

 「さん付け」で呼び合う夫妻に流れる時間は、まどろっこしいほどゆったり。しかし、それが何と豊かに見えることか。ナレーターの樹木希林さんによる「こつこつ、ゆっくり」の言葉が染みる。

 「ヤクザと憲法」などの東海テレビ放送のドキュメンタリー劇場シリーズの十作目。各地で延長上映されるヒットになっている。 (松岡等)

「共有」とは何か問う

「SHARING」の1シーン((C)篠崎誠+COMTEG)

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 東日本大震災は、当たり前のことだが、被災地で直接の被害を受けていない人の心にも影響し、それは今も続いている。

 十一日から金沢市のシネモンドで公開される篠崎誠監督の「SHARING」は、震災から三年後の東京を舞台に、社会全体が被った悲嘆と喪失のトラウマ(心的外傷)、事故を経てなお社会が手放そうとしない原発への不安を抱える人々の心を描く心理ドラマだ。

 震災の「予知夢」を研究する社会心理学者の女性は、震災で失った恋人の夢を見続ける。震災を題材にした演劇に取り組む女子学生は稽古を続ける中で、津波にのみ込まれた光景が自らの体験だったと思い込んでいく…。

 震災から七年目に入る節目。他者の痛みは「SHARING=共有」できるのか、あるいは「共有」すべきものなのか。しかし、そもそも「共有」するとは、どういうことなのか。震災で多くの人が自問したり、語り合ったりしたであろう問いを、もう一度、取り戻すべきではないかと、映画は見るものに迫ってくる。

 心を病んで離れ離れになっている恋人に、震災後に会うことをためらう女性の心の揺れを描いた篠崎監督の前作「あれから」(二〇一二年)も同時上映する。 (松岡等)

 

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