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北陸文化

75年前 私の絵も選ばれた 戦地慰問はがき そろって保管

絵はがき12枚を保管していた山出保さん=金沢市旭町で

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前金沢市長 山出保さん

 前金沢市長の山出保さん(85)=同市旭町=が、戦時中の戦地の将兵に差し出すため当時の逓信省(後の郵政省、現日本郵政グループ)によって75年前に作製、無料配布された「慰問絵はがき」12枚1セットを保管している。郵政博物館(東京都墨田区)でも、絵はがきは未整理で、現時点で所蔵が確認されていない。日本近代史が専門の本康宏史・金沢星稜大教授(59)は「1セットそろっているのはなかなか無いと思う。いろいろなとらえ方のできる面白い資料」と話している。 (報道部・泉竜太郎)

 保管されている絵はがきは「皇軍慰問ゑはがき」という名称で、一九四二(昭和十七)年に二回発行されたうちの第二集。逓信省が全国の小学生から図案を募集し、当時の新聞報道によると、応募は全国から一万千四百点。その中から二回にわたって各十二点が選ばれ、第一集が三月に、第二集が十二月に発行された。

戦時中、兵士を慰問するために募集され、絵はがきになった12枚の小学生の絵。上段真ん中が山出さんの絵

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 当時、山出さんは金沢市崎浦国民学校四年生だった。「落下傘部隊」や「防空訓練」と題された児童画の中に山出さんの作品「掃除番」がある。先生が見守る中、上半身裸の男子児童が雑巾がけや黒板を消している図案。黒板の部分は白いクレパスを塗った上に緑のクレパスを塗り、小刀で削って「兵隊さんありがとう、と戦地の兵隊さんへの文を入れた」と山出さん。「絵のうまさではなく、アイデア賞だったと思う。人生の中の大事な思い出」と目を細める。

 郵政博物館によると、絵はがきは非売品で、当時、戦地の軍人にあてて手紙を差し出すことは国を挙げて奨励されていたという。

「ユニークな資料」

 本康教授は「銃後史の中のひとつのエピソード。総力戦体制の中で、少国民として国のための運動に参加していた。教育史の資料としても面白く、題材もユニークで子どもの芸術作品としても価値がある」と分析している。

 

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