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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(20) スターのこと 

「女優の残り香」

写真

予期せぬ出会い くぎ付け

 「みなさん、今日はよろしくお願いしまーす」ちょっぴり甘えた声音だった。街のひとが横を通るたび、彼女はそう言って、ペコリと頭を下げている。昼間は人通りもまばらな街が急にざわざわしてきた。

 声の主は、テレビでもおなじみの女優さん。透けるような白い肌の美しい顔があった。

 「やさしいひとやねぇ、好きになったわ」

 撮影がはじまる前の彼女のふるまいは、この街の同性にも評判がよかったようだ。

 今でもテレビで彼女の姿をみると、遠い昔の彼女の声が響くこともある。あのころにくらべてふっくらしたものの、コミカルな面ものぞかせて、彼女は貫禄じゅうぶんの女優になった。深くスリットの入った黒いドレスに身を包んで「愛の水中花」を唄ったときは、びっくりしたけれど…。そんな大胆なところも彼女の魅力のひとつだ。

 古い町並みの残る私の街に、日が暮れるころ、お座敷に向かう芸者さんたちの姿がある。それだけでもよその街とちがうのに、そこに映画やテレビ等の撮影が加わっていった。予期せぬスターとの出会いに私は期待して、心が華やいでいた。

 家の玄関のすりガラスに映る黒い影が気になって、恐る恐る戸をあけると、後ろ姿がみえた。私の父よりずっと大きなひと、ふたり。戸の音に呼応して、彼らの肩先がすうっと動いて現れた顔、高倉健さんと原田大二郎さんだった。角川映画「野性の証明」のロケと、後に知った。出番を待っていたのだろうか。「こんにちは」と挨拶されたのに私ときたら「失礼しました」と言って、またガラガラと戸をたててしまったのだった。

 街の家の一室を撮影の間、女優さんの楽屋がわりにつかったこともあった。五木寛之さんの「朱鷺の墓」のヒロイン染乃、岡田茉莉子さんである。

 道のまん中に秋川リサさんが立っていた。古い町並みと彼女の放つ不思議な雰囲気のアンバランスがかえって新鮮に思えた。何の宣伝ポスターになったのか、ずっと思いだせずにいる、歯がゆい。

 サインがほしい、握手したい、願わくはいっしょに写真に収まりたい…。そんな気持ちは、私になかった。何も通さず、自分のひとみに彼らの姿を焼き付けることだけに夢中だった。

 記憶のなかから今ぽっかりと浮かぶのは、富士額に、かたちよい輪郭線の顔。うりざね顔というのだろうか。細い線と思いきや、光度も輝度もぐんぐん増してゆく。これぞ大スター、格段の煌(きら)めきは、山田五十鈴さんである。あのとき、私はまばたきするのも惜しかった。

 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)

  ※次回は3月4日付

 

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