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北陸文化

【舞台】盲信と決別する意志 戦後の日本社会に重ねる

熱演する蝶々夫人役の中嶋彰子さん(右)とピンカートン役のロレンツォ・デカーロさん=金沢市下本多町の金沢歌劇座で

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笈田ヨシさん演出 オペラ「蝶々夫人」

 全国四都市の劇場が共同制作するオペラ「蝶々夫人」が二十二日、金沢市下本多町の金沢歌劇座で上演された。欧州で俳優、演出家として長年にわたり活躍しながら、日本では舞台初演出となった笈田ヨシさん(83)は、蝶々さんの悲恋を自らが太平洋戦争後に経験した日本人の価値観の転倒を重ね合わせた現代のドラマとして提示して見せた。 (松岡等)

 蝶々さんが米国の士官ピンカートンに捨てられる悲恋にはさまざまな解釈があるが、多くは西洋から東洋を見た異国趣味で蝶々さんを可憐な女性のイメージで描いてきた。芸者らしいきらびやかな着物で着飾るのが定番。だが、笈田さんはそうした演出は控える。蝶々さん役の中嶋彰子さんは笈田さんから「飾っちゃダメ。中から出てくるものを表現しなさい」と指導を受けてきたと明かした。

 朗々と歌い上げるというより、歌詞の意味をかみしめるように歌う場面も多かった。第一幕の山場、蝶々さんとピンカートンが愛し合う場面でも、ピンカートンに甘い美男子の雰囲気はなく、服をはだけたアンダーシャツがリアリスティック。「富める者」と「貧しい者」の生々しい情事であることが示される。

 プッチーニの研究に傾注している指揮のミヒャエル・バルケさんは笈田さんの演出を「日本人としての目線を持ちながら欧州でも活躍し、第三者的に両方を見ている」と分析。「センチメンタルになりやすい作品だが、冷静な舞台にしている」と語る。

 周囲からの嘲笑を省みることなく日本の伝統的な宗教や文化を捨て、米国の価値観を妄信する面をより強調した笈田演出の蝶々夫人。プッチーニが米国の国歌「星条旗」をたびたび引用しているのに呼応するように、蝶々さんの家には終始、星条旗が掲げられた。それは蝶々さんの盲信ぶりを印象づける。

 だからこそ、ピンカートンから捨てられ、わが子まで奪われてしまうことを悟った蝶々さんが、星条旗を床に投げ捨て、その上を決然として歩く姿は象徴的だ。自らの生き方が間違っていたという気づきから、新たに生き直そうとする強い意志が表れていると解釈することはできないか。

 また笈田さんは、蝶々さんの生き方を「戦後、米国の価値観に追従してきた日本社会と重なる」と話した。蝶々さんの姿に盲目的な姿勢からの決別を見ることができるかもしれない。「自殺で終わるのはある意味ではハッピーエンド。そんな簡単なものではないでしょう。私の蝶々さんは自殺しない」。原作で自害する蝶々さんは、短刀を構えたまま舞台は終わる。

 世界的に広がる不寛容や排外主義について問われた際に笈田さんは「蝶々さんの側から見ればピンカートンに裏切られたという話だけど、米国人の彼の立場からすれば、金で買った女と日本にいる間、一緒にいたというだけの話。今、世界中で多くの人が、自分が一番正しく、それと違う人は間違っていると考えてしまっている」と語った。オペラに限らず物語が持つ普遍性は、時に社会を鋭く反映する。そのことを再認識させる舞台だった。

 

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