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北陸文化

【本谷のこだわり学 重伝建の巻】 塩飽本島町笠島(香川県丸亀市)

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水夫や大工人材巣立つ

 年末年始を挟んで約二週間、瀬戸内海に面する港町や島々を巡ってきました。

 今回紹介する香川県丸亀市塩飽本島町笠島(しわくほんじまちょうかさしま)は、香川県丸亀市の北に位置する本島の北東部に位置する集落です。私は丸亀港からフェリーに乗り、約二十分で本島港に着き、そこからレンタサイクルで笠島に向かいました。しかし、着いた時には太陽も沈みかけ、急いで調査を開始しました。

 塩飽諸島は、海運業・廻船業で全国に知られた塩飽水軍の本拠地です。塩飽水軍は天正五(一五七七)年に織田信長より海上の特権を与えられ、天正十四(一五八六)年の豊臣秀吉の島津征伐の折に大きな功績があったことから、島民六百五十人は朱印状をもって船方に任命され、千二百五十石の領地を許されました。

「マッチョ通り」と交差し港に通ずる路地

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 ここには年寄(としより)が政治を行う「人名制(にんみょうせい)」という独自の自治制度があり、年寄の下で年番、庄屋が各島を治める体制をとりましたが、塩飽諸島の中心の島である本島には、江戸時代中期に塩飽勤番所が置かれ、その跡は史跡として一般公開されています。

 さて、笠島は三方を城山・光厳寺山・西山に囲まれ、北側に港がある絶好の地にあり、港は船の停泊地や修理場として活用されました。集落には東西を走るマッチョ通りと南北に抜ける東小路(とうしょうじ)を中心にして、狭い枝道が網の目のように延び、通りに面して江戸・明治・大正・昭和初期の約百棟の町屋形式の建物が密集していますが、山際には寺社が配置され、江戸時代以降の趣を色濃く伝えています。

 建造物の見どころは、真木(さなぎ)邸・旧真木(まき)邸・藤井邸(現在は文書館として一般公開)などですが、周囲には笠島城跡・専称寺(法然上人ゆかりの寺)・年寄吉田彦右衛門の墓などが点在し、歴史遺産宝庫の感があります。

かつては多くの船でにぎわった笠島港。背後に瀬戸大橋が見える=香川県丸亀市本島町で

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 かつては塩飽水軍の本拠地でしたが、江戸時代中期以降は全国的な廻船業の成長に伴って水夫の需要が減り、塩飽の水夫も大工や漁業の分野に進出する者があらわれ、笠島からも多くの大工が育ちました。集落の西に位置する尾上神社拝殿は大正五(一九一六)年の建立で、建てたのは塩飽大工の養成所であった組合立塩飽補修工業学校の生徒で、卓越した塩飽大工の系譜を知ることができます。

 さらに、拝殿の近くには昭和四十五(一九七〇)年まで尾上座という回り舞台のあった芝居小屋がありましたが、今は礎石だけが当時の繁栄ぶりを伝えています。最後に、私が訪れたのが年始の夕刻ということもあり、地元住民とすれ違うこともなく、寂しい印象を持ちました。(本谷文雄=大衆文化研究家)

 ◆基本データ◆

所在地 香川県丸亀市本島町笠島の一部

種別  港町

面積  約13・1ヘクタール

選定年 昭和60(1985)年

選定基準 伝統的建造物群、及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの

 

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