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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(19) 正月のこと

東山、雪

写真

家のなか なにもかもが新しく

 写真の裏に、四十一年一月三日、とある。母が書いたようだ。家の前に立つ女の子は、二歳半の私。アノラックも着ていないから、そんなに寒い正月ではなかったようだ。まるまるとした元気いっぱいの顔の私が、写っている。

 各々(おのおの)の家の前には、すかした雪がきれいに寄せてある。路地の入りくんだ私の暮らしたこの街のひとたちは、ちょっとでも雪が積もると、皆、声かけあって雪すかしをする。少々過敏なくらいに。雪が舞うのは美しい、けれど雪の怖さも、皆が知っていた。

 私の右手に、コシキダがみえる。木でできた大きなしゃもじのようなもので、子供用は花の絵柄も描いてあったりする。私も大人たちと雪すかしをしたのだろうか?

 このモノクロ写真をながめて、ちいさなころの正月を思った。ぴんと貼った真っ白な障子紙。ふわりと優しく足裏に感じた畳。柱時計の振り子は、ピカピカ、金ピカだ。すみずみまで手入れされた家のなかは、なんて明るかったのだろう。私のパジャマも肌着も、お箸もふきんもなにもかもが新しい。気持ちのいい年のはじまりだった。

 障子をすうっと開けると、銀の光がまぶしくて、さらに部屋を明るくした。中庭に石灯籠の頭のてっぺんだけ、みえた。ヤツデもナンテンも雪の深くに…。でも心配無用、我が家の木たちは、冬のあいだは兼六園をまねた父の手製の雪吊(つ)りに、おまけにビニールまで被(かぶ)せてもらっているのだった。

 神棚には宇多須神社の当たり矢と、紅鯛(たい)を飾った。当たり矢には、干支の絵馬と小さな鈴がくくってある。そして帆に大きな寿の字を掲げた宝船、鯛に千両箱に、大判小判がじゃらじゃらと、さらによい目が出るようにとサイコロまでつるした紅鯛は、にぎやかで欲ばりだった。チンチン、コロンコロンと揺れるたび、その音がききたくて、初詣の帰りにはいつも大きく振って歩いた。神棚に飾ったら、もうひとりでは容易に手をのばすことができないから。

 おせちの重には、紅白はべんに囲まれて、小フナの一団が甘露になかで微笑(ほほえ)んでいた。いっぽんしめじやぜんまいの煮物もあった。山の恵みの一部は塩漬けや乾燥保存され、新しい年のはじめに、また顔をみせるのだった。

 そして、嬉(うれ)しい再会は、もうひとつあった。寝床のなかに、ずっと私を包んでくれたパジャマが今度は形をかえて、豆炭アンカを包んでいる。新しいパジャマが嬉しくてはしゃいでいたのもつかのま、とびついて、なじみの風合いに頬ずりした私だった。

 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢市東山生まれ)

  ※次回は2月4日掲載

 

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