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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(18) 市場のこと

香箱座り

写真

客を見つめて「香箱座り」

 毎日の食卓にのぼるもののほとんどは、家のそばで手に入れることができた。魚も野菜も肉も、それらを専門に扱う小さな店があちこちにあった。

 十二月にはいると、八百屋さんから毎年どかんと大根が届いた。たくわん漬けのための干した大根が、百本ほど。「つの字に曲がったのがよし!」と、思いどおりのものが届いて、祖母に満足の笑みがこぼれた。

 暮れもせまってくると、市場へ出かけることも多くなる。近江町市場を親しみをこめてだろうか、この街のひとは「おみちょ」と縮めて呼ぶ。特に魚は新鮮なものをたくさん揃(そろ)うなかから選びたい、そして安く、そんな気持ちがうんと強くなるのがこの時期だった。

 父さん母さん子供たち、一家総出の買い出し客も目立って、おみちょは中に入ってもなかなか奥へ進めぬほど、ごった返していた。「コウバコ〜」「カズノコ、カズノコ」。威勢のいい売り子さんの掛け声が響いている。競りを思わせるガラガラした声色は、市場ならではだ。人混みの隙間からは蟹(かに)や甘えびや酢だこに数の子の赤、赤、赤、黄の色が繰り返しみえて、私は目がチカチカした。

 ようやく一軒の店で母は蟹を買い、また先へ。こんなに多くの店があっても、母にはあそこで買おうと決めた店がいくつかあるらしく、その都度また人に揉(も)まれて移動するのだった。そんななかを荷車が通ろうとする。皆はさらにぎゅーっと押されてくっついて、私は母の外套(がいとう)の裾をぎゅっと握りしめた。出がけに祖母が言った「はぐれんように」と「転ばんように」を思い出しながら。母はぐっと肩をすぼめる格好をした。「スリに気をつけて」を思ってだ、きっと。

 私の前にどてーんと大きな魚たちが現れた。どれにしようかと母は目を利かせている。赤や黄のあとでは、ぼけてみえる色彩の図体(ずうたい)なれど、この街のひとたちが身も子もアラもあますところなく食す真鱈(まだら)が、あの日の取りをつとめたのだった。

 店頭で客に腹を見せて並ぶのがずわいの雌、香箱蟹である。手にとらずとも腹のふくらみから、なかにたくさん子が詰まっていますよと知らせる、店の自信たっぷりの陳列だ。でも今回私が描いた香箱はくるりと背をみせた。

 読者の皆さんの目に子持ちの彼女たちは照れたのかしら。そして猫は、蟹の鋏(はさみ)に劣らない鋭い爪を持つ両前足を胸下に仕舞(しま)い込み、穏やかな瞳でこちらをみつめている。だれが付けたかこのさまを香箱をつくる、または香箱座りというそうな。このあと皆さんにすっかり気を許し、蟹に代わってごろんと腹をみせてくれるよう。

 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)次回は1月7日付

 

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