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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(17) 学生さんのこと

中也きどり

写真

しみこむ中也の「サーカス」

 まぁ、なんともにぎやかな夜だった。大きな笑い声に、唄あり、三味線に笛に太鼓と、連夜、花街に鳴り響いていた。 

 部屋の壁の向こうではドンドンツクツードンツクツー、芸者のこんな掛け声に合わせて、遊客が太鼓を叩(たた)いている。すぐにうまくできるひともいれば、何度やっても同じところでつまって、先へ進まぬひともいる。勉強机に向かいながら、いつも私はクスクス笑ってきいていた。いっしょに歌ったこともある。卒業生の集まりだったのだろう、壁の向こうから校歌が聞こえてきたのだ、私が通った小学校の。歌詞を間違えることなく皆は熱唱し、宴はおひらきとなった。

 花街の夜は私の勉強時間と重なった。机に向かうかたちはつくれても、このにぎわいでは、あまり勉強に集中できなかった。それではと、早朝に勉強時間を変えてみたものの、宴のあとの恐ろしいまでの静寂が、なぜかまた私をそわそわさせたのだ。

 私はまずまずの成績を保っていたけれど、この環境のほかにある時、私のなかからなまけものの性質が現れ出すと、大きなヤマを張

っては試験に臨み、悉(ことごと)くはずすようになっていった。次第に授業にもついてゆけなくなり、週に一度、家のそばの大学生の元に通って勉強することにしたのである。

 金沢大学に通うひとで、福井出身ときいた。部屋には机に本棚、小箪笥(だんす)…。中庭に面した四畳半を彼女は間借りしていた。

 あのころ、この花街に大学生たちの暮らしもあったのである。少し先の家の二階にも、本に埋もれて机兼寝床のちいちゃなこたつひとつ、部屋を横切るロープにはだらりとブリーフが干してあったりと…眼鏡のあのひとは北海道からやってきた。

 教師志望の彼女は教えることは上手だった。私ときたら数字や記号の並ぶ問題となるや、何度も同じところでつまずいた。私が笑った太鼓の客といっしょだった。彼女が深いため息を漏らすと、私は部屋の鴨居(かもい)や壁の横木の上にずらりと並ぶ、彼女の集めた喫茶店やスナックのマッチ箱に目をやって、みじめな気持ちを紛らしていたのだった。

 そんな私に彼女が貸してくれたのは中原中也の詩集だった。文庫本なのに、なんて重たかったのだろう。『サーカス』はあのころの私にしがみついてきてなかなか離れなかった。中也が幼少に過ごした金沢の、神明宮の境内でみた軽業を想(おも)い書いた詩と後に知った。そして、花街の夜のことを知らないつもりが、私の記憶のなかに、背表紙を代えてこうやって収まっていることに、今、気がついた。

(まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)次回は12月3日付 

 

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