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北陸文化

【本谷のこだわり学 重伝建の巻】 黒石市中町(青森県)

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“こみせ”が守る人通り

 九月一日から九泊十日の旅に出ました。行き先は秋田県と青森県。今回紹介する黒石市中町は、青森県の中央に位置し、現時点で本州最北端の重要伝統的建造物群保存地区です。

 さて、黒石の基礎は明暦二(一六五六)年に初代領主津軽信英(のぶふさ)が弘前藩から五千石を分割相続して、黒石津軽家が誕生したことに始まり、青森と弘前を結ぶ浜街道の中間に位置し、物流の拠点として栄えました。

鳴海家に接するこみせ=いずれも青森県黒石市中町で

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 選定区域は、中町こみせ通りを挟んで東西約百七十メートル、南北約二百六十メートルの比較的狭い範囲に建物がまとまっています。私が訪れた日は早朝ということもあって観光客も少なく、ゆっくり見学することができました。

 中町の魅力は何と言っても“こみせ”ですが、その起源は津軽信英が新しい町割りを行った時に、商人に造らせたのが始まりと言われています。広辞苑によれば、こみせとは「東北地方で、積雪の時に人の通路となる軒下のこと」とありますが、地元発行のパンフレットには「藩政時代から今に残る木製の庇(ひさし)」とありました。いずれにしても、道路脇に一間(いっけん)ごとに並ぶ柱上に木製屋根を載せた通路は、雨や夏の日差しや雪などから人を守ってくれます。こみせは人が交差してもぶつかることのない幅(一・三メートルから一・九メートル)があり、足元の石畳と相まってとても風情があります。しかし、融雪装置や除雪車の登場によって次第に撤去され、今では長く続くこみせを見ることが難しくなりました。

 黒石市発行の『松の湯レター Vol.9』の中で、高樋黒石市長は「こみせ通りは黒石のかけがえのない財産です。現在、こみせ通りの電線類地中化を進めています。(中略)市の財政が厳しい中で理想を追い求めていかなければならないので、限られた予算の中でいかに効果を最大限に上げられるかという事が、いま私自身に求められる課題ではないのかと思っています」と語っています。

鳴海家の室内から見た庭園

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 さて、私がこれまで訪問した重伝建地区には必ず核となる建造物がありました。中町の場合、三百年以上の歴史を持つ商家で重要文化財の高橋家住宅と、文化三(一八〇六)年創業の造り酒屋で黒石市指定文化財の鳴海家住宅です。とりわけ鳴海家は間口十八間、奥行き四十三間という広大な敷地の中に建ち、道路脇には長さ二十三間半の長いこみせもあります。私は鳴海家の建物内部と津軽地方で流行した作庭様式の庭園も見せていただき、この町の奥の深さを知ることができました。

 最後に、選定地区に住む西谷(にしや)せつさん(85)は、「大地主だったが戦後の農地改革で田畑を取られ、雪も多いし、年老いて先祖代々の建物を守ることは大変」と語ってくれました。

 (本谷文雄=大衆文化研究家)

◆基本データ◆

所在地  青森県黒石市 大字中町、浦町二丁目、大字甲徳兵衛町及び大字横町の各一部

種別   商家町

面積   約3・1ヘクタール

選定年  2005年

選定基準 伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの

 

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