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北陸文化

【詩集】60年経て拾われた言葉

トークセッションで詩集「新潟」について語る金時鐘さん(右から2人目)=新潟市の芸術・文化施設「砂丘館」で

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金時鐘さん「新潟」を新潟で読む

阪田清子さん「対岸」展に合わせ

 在日詩人の金時鐘(キムシジョン)さん(87)が自らの長編詩集「新潟」を読むトークイベントが九月二十七日、新潟市の芸術・文化施設「砂丘館」であった。「新潟」は、一九五九(昭和三十四)年に始まった新潟港から北朝鮮へ向かった帰国船事業を契機に書かれた。「地上の楽園」という言葉と熱狂に違和感を覚えながら、船に乗ろうにも乗ることもできなかった金さんが、祖国へ複雑な思いと半島では越えられない北緯三八度線を、新潟の地で越えようと書いた一大叙事詩だ。半世紀以上の時を経て金さんの朗読の声が新潟の地で響いた。

 金さんは、帰国船の第一便が新潟港を出港した翌年には「新潟」を書き上げていたというが、当時、属していた「北」の組織が日本語による創作を厳しく批判し、発表の機会を奪われた。原稿の散逸を恐れた金さんは金庫に入れて持ち歩き、発表は七〇年まで待たなければならなかった。

 統治下の元山市(現北朝鮮)で生まれ、済州島で「皇国少年」として日本語を覚えた金さん。島の労働運動への弾圧から多くの人々が虐殺された「四・三事件」を逃れて日本に渡った。祖国を分断する緯度は、日本では帰国船が出港する新潟県を横断する。「新潟」には、現代史に翻弄(ほんろう)された苛烈(かれつ)な人生の中で、祖国への「道」を思い描いた言葉が刻み込まれている。

金時鐘さんの詩「新潟」の一文字一文字に塩の結晶が置かれた阪田清子さんの作品「うみべの風景」

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 イベントは新潟県生まれで沖縄で活動する現代美術家阪田清子さんが、金さんの詩に触発されて開いた作品展「対岸−循環する風景」の一環で開かれた。詩集「新潟」の一字一字の文字に、海水を煮て作った塩の結晶を載せた「うみべの風景」、「新潟」のハングル訳と原典を一文字ずつ読みながら塩を置いていくビデオ作品「対岸について」などを展示した。

 金さんは東日本大震災後に書いた詩などに続き、三章からなる「新潟」のうち「III 緯度が見える」の一部を朗読。詩の最後には、海に浮かぶ佐渡島の山、金剛山を走る北緯三十八度線をイメージした詩句がつづられる。

 「海溝を這(は)い上がった/亀裂が/鄙(ひな)びた/新潟の/市に/ぼくを止どめる。/忌まわしい緯度は/金剛山の崖っぷちで切れているので/このことは/誰も知らない。/ぼくを抜け出た/すべてが去った。/茫洋(ぼうよう)とひろがる海を/一人の男が/歩いている。」

 トークの中で金さんは「沈没船の水夫たちは切羽詰まった思いを瓶に入れて流した。行き着くあてがあるわけでなく、特定の誰かではない。詩もまたそのようなもの」と語った。そしてかつて詩人小野十三郎に贈られたという「涙、地の底の岩塩の如(ごと)きもの」との言葉を紹介し、塩に涙と海のイメージを込めた阪田さんの作品をこう評した。「苦悶(くもん)を強いられている時には、涙は流れずに枯れつくして凝固する。私が投げた投瓶通信は幸運にも六十年たって阪田さんが拾ってくれた」 (松岡等)

 

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