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北陸文化

【街の記憶 前田マリ】(16) 店暖簾のこと

老舗の顔

写真

浮かび来る街の一コマ

 白米、諸粉、雑穀、胚芽米。店先の、暖簾(のれん)の字をなぞった。はくまい、もろこ、ざっこく、はいがまい。漢字がよめるようになると、ちょっとずつ声も加わっていった。

 右手をぐっと前に出して、文字を指で追う、暖簾に触れずに。触れても、こらっ! なんて叱る大人もいないのに。白地の布に墨一色の文字の暖簾は、キリっと力強くみえて、私は好きだった。

 金沢、観音町の米穀店。家のそばだったから、よく店の前を通る。その都度、暖簾は私の目にぐいっととびこんできた。雨の日も、雪の日だって。

 暖簾をくぐると軒下に、人ひとりが立つのにじゅうぶんな空間がある。営業中は開いたままの大きな窓のようなところに商品がみえた。ここで店のひとと対面し、買うのである。

 背に暖簾があるだけで、安心できた。雨風のみならず、街ゆくひとのざわめきも、店の前や横の道を突っ走るクルマのエンジン音も、おとなしくした。布の暖簾なのに、不思議だった。

 橋場町から兼六園に向かう大通りに、なぞるには少々難儀しそうな美しい筆で、窯元の暖簾をみつけた。近江町市場のそばには、店にぴったりの、ぷんといい匂いがしそうな味噌(みそ)色の暖簾があり、浅野川の小橋には、ここにも白地に墨の大きなあめの二文字、ほれぼれするほどシンプルで迫力のある飴(あめ)屋の暖簾があった。旧(ふる)い建物に、暖簾はたいそう映えてみえ、老舗の風格を漂わせていた。

 「栄養があるんだよ」と祖母は、ガラスの瓶からとろりと飴を棒に巻き付けて、口へはこんだ。「のどに効くよ」と竹皮の包みから琥珀(こはく)色した一石を、私の掌(てのひら)にのせた。

 いつもなら、口に含むやたちまちにガリガリと噛(か)み砕いてしまう私も、この老舗の飴だけは、ゆっくりと時間をかけて舌の上でころがした。私の強い癇(かん)の虫にも効いたのか、黙らせたよう。

 そして、麹(こうじ)店の縄暖簾。小学校の行き帰り、この暖簾に手を伸ばした子供は私だけではないはずだ。手脂、雨風、おひさま、その他もろもろしみこんで、縄の暖簾は色ツヤともになんともいい風合いになっていた。

 この季節、店の向かいのお寺の植え込みに金木犀(きんもくせい)が咲いていたような…。暖簾は揺れて、花の香りも運んで、どこかのお家の低い庇(ひさし)の先に、小ぎれもなびいていたような…。これは庇に注意のしるしだった。

 記憶を次から次へと再生していると、あのころの街のちいちゃな一コマまでも見逃すまいと、今日の私は欲ばりだ。 (まえだ・まり=イラストレーター・画家、金沢・東山生まれ)次回は11月5日付

 

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